リアルとバーチャル、フィジカルとデジタルが融合していく世界「ミラーワールド」を見据えた新たなサービスをプロトタイプするGEMINI LabolatoryのMeetup vol.2が開催された。今回は「身体が変わるとどうなる? アバターが解き放つ私らしさ」というテーマでインスピレーショントークが実施された。
アバターを通じて他者と共鳴する身体や思考
1人目のゲストは、東京大学大学院情報理工学系研究科でVRを糸口とした認知拡張の研究を行う鳴海拓志准教授。従来の身体における物理的な制約から解放され、見た目を自由に変えることができるアバターが私たちの認知にどのような変容をもたらすのかを「アバター・環世界・物語的自己」という3つの軸で解説した。
「それぞれの生き物は種によって異なる見方・感じ方で世界を捉えているというのが”環世界”における基本的な考え方です。では、人同士の間に違いはないのかというと、やはり個体差があるわけです。ものの受け取り方は人によって異なるし、身体の大きさや機能にも違いがある。では、お互いの環世界が異なることをどう出発点にできるのか、というのが私の興味のある分野です」
「異なる相手の環世界を理解し、共有できるツールとして、アバターが役立つということがさまざまな研究によってわかってきています。例えば、VRで太鼓を練習させる実験では、フォーマルなスタイルのアバターよりも、アフロでミュージシャン風の外見のアバターの方が叩き方が良くなりました。これは、人はアバターから想起されるイメージに影響を受けて、自身の振る舞いや思考が変化することを意味しています。ある意味では、他人の環世界が自分の中に入っているとも言えます」
「自分とは異なる身体を使ってコミュニケーションをすることで自己イメージに変容をもたらすことを理学的に解明できないか。そのような思いから”ゴーストエンジニアリング”と名付けた工学的技術を5年ほど研究してきました」
ゴーストエンジニアリングにおいて、他人の環世界を理解する事例として重要な”VRパースペクティブ テイキング”という概念がある。
「”パースペクティブ テイキング”というのは他者視点取得といって、VRを使うことで他人の立場の違いを超えて相手の感じ方を想像しやすくなり、理解・共感が促進されるというものです」
人種差別の問題が根強く、警察官による射殺事件等が取り沙汰されるアメリカでは、リアルなフィールドに”VRパースペクティブ テイキング”を導入する動きもあるという。他にも、被害に遭った当事者の追体験をすることでDV問題の改善がみられた事例もあるそうだ。
「私たちも企業へ向けて、子育て経験の有無による、育休などのワークライフバランスへの考え方のギャップをターゲットにワークショップをつくっています」
この実験では、上司と部下両者の視点をVRで体験した後に「どう対応すれば良かったのか?」など意見交換することで、働き方に変化が起こったという。
また、お互いの環世界に相互作用をもたらす事例として、”プロテウス効果”と”融合身体”という2つの研究も話題に挙がった。
「”プロテウス効果”は、アバターがイメージさせるステレオタイプが、ユーザーの知覚に影響を与える、という現象です。例えば、その人にとって魅力的な外見のアバターを用いるとコミュニケーションが積極的になり、人間ではないアバター、例えば空を飛べるドラゴンを用いた場合、三次元的に移動する感覚が向上したのです。また、”融合身体”という概念にも力を入れています。これは2人で1つのアバターを使い、ある割合で2人の動作を混ぜ合わせたものを反映するという試みです。目標を与えると2人の動きが揃っていったり、相手による動作も自分発信の動作だと思い込んだりします。このように、VRには身体感覚レベルでスキルを伝達するという特性も期待できるのです」
「しかし、同時に大学生向けに“なりたい自分”について調査を行ったところ、技術者としてショッキングな結果が出ました。というのも”アバターの技術を使って何にでも変身できるなら、どんな使い方をしたい?”という内容を聞くと、”使いたくない”という声が圧倒的に多かったんです。なりたい自分は、努力して獲得するものだという意見や、突然与えられた自己イメージに対して、人を騙しているような罪悪感や不安が先行してしまうといいます」
「これは”物語的自己”という観点にも関わるのですが、アイデンティティには連続性があり、長期的に形成されていく中で、変わっていく自分をどのように認めるかが課題です。ミラーワールドにおいて、アバターとして生活する自分をどう自分の人生に組み込むか。それこそが次にやるべきデザインであり、社会と接続させる上で重要なキーワードだと考えています。たとえば、株式会社オリィ研究所が運営する外出困難な方が従事する『分身ロボットカフェ』との共同研究では、環境やインターフェースと自分がマッチしたことで、固定観念を取り払うことができ、人生が変わったという方がいました。この研究で得られたことを活かし、社会の中で自分をどう紡いでいくかという視点を踏まえてメタバースに何か仕掛けができたら、自分の人生を変えることができる場所をつくる支援ができるのではないかと考えています」
関連リンク:『分身ロボットカフェ DAWN ver.β』
「存在」から人間の定義を問うメディアアート
続いて、もう1人のゲストであるメディアアートやパフォーミングアーツなどの分野で作品を発表するアーティストの花形慎氏は、テクノロジーと資本主義、肉体がもたらす相互作用に着目しながら制作したという自身の作品を解説した。
まず1つ目の事例として、そこに“いる”ことそのものを価値として提供する存在代行サービス『Uber Existence』を紹介した。ユーザーは遠隔でアクター(存在代行者)に取り付けられたカメラとマイクから状況を把握し、指示を送ることや現地に向かって話しかけることも可能だ。
関連リンク:『Uber Existence』
実際に『Uber Existence』のサービスを利用した様子はこちらの動画から視聴できる。2021年の正月シーズンに、当時は新型コロナウイルスの感染者数が急増しているような状況下で、日本への渡航が困難だったオランダ在住のユーザーのために神田明神で初詣を代行している。自らがアクターとなった花形は「ユーザーと自分自身が複合的な存在になっているようだった」と当時の印象を語った。
「先日、『第25回メディア芸術祭』で展示した際は、鑑賞者がアクターに乗り移って鑑賞するという仕組みをつくりました。また、アクター側には、メディア芸術祭から労働の対価が支払われるというワークショップを実施しました。そこでの参加者の佇まいからは全く意思を感じられず、動いているのに虚無のように感じられたことが印象的でした。そして次に、肉体を解体し”生まれ直す”ことで人間を人間たらしめる境界に迫る『Still Human』という作品をつくるに至りました」
もし目が背中についていたら、立つ・座く・歩くといった動作はどう変容するのか? 肉体の意味はいつでも解体される可能性を孕んでおり、そこから逸脱すれば、どんな肉体にもなりうるという視点から、動作と存在の再構築を試みた実践となっている。
「チン目」でコンビニエンスストアへ行くという実践。自身の目は覆い隠し、カメラが映す情報をヘッドマウントディスプレイを通じて視覚情報として受け取りながら行動する。「装備を外したら3分くらい放心状態になって、ようやく自分に戻りました」(花形)
『Still Human』の体験者に「肉体逃走」中の自分の像をドローイングしてもらったところ、身体への認識が大きく変化していたことがわかったそうだ。足に目(カメラ)を付けたケースでは、自分の身体が三脚に感じたという人もいれば、足を頭の位置にもってきて使おうとした人もいた。また、首に目をつけた人からのずっと自分が回転しているようだったという感想や、脇に目をつけた人が感じたという手足の本数の変化など、さまざまな自己像の再構築がなされたという。
多様なキャラクターを演じる中で、自己イメージはどう形成される?
ゲスト2名からのトークを終えて、続くクロストークは前回に引き続き西村真里子氏(株式会社HEART CATCH)がモデレーターを務めた。
まずはじめに『Still Human』を受けて、他者や外界とのインタラクションが影響をおよぼす飲食や生殖行動の変化についての話題が挙げられた。
「”LOVE”をテーマにした実践では、物理的な生殖方法は変わらないけれど、見え方が異なるので、性別を超えた何らかのコミュニケーションが生まれていると感じました」(花形)
「ソーシャルVRでも性別を忘れてアバター同士の恋愛関係に発展するという話をよく耳にしますね。においなどの身体性を共有するには、メタバースではある種の制約があるため、生身でないと伝わりにくい隠された部分をポジティブに受け取ろうとする傾向があるのかもしれません。そもそも『Still Human』というタイトルが印象的だと思いましたが、”human”の定義についてどう考えますか?」(鳴海)
「本来の自分とは全く異なる身体に対しても、所有感やリアリティを感じられることではないでしょうか。アバターも含めて自分だと想像できることや、変身した姿で自己イメージを形成して、成り代われる蘇生の部分にこそ人間性があると思います」(花形)
「ここでファンタジーの力が効いてくるんですね」(鳴海)
ーー『Uber Existence』でも問いとして掲げられている、システムに組み込まれる人間ってどういうことだと考えますか?(西村)
「実際にアクターを体験してみた時に、“私”ってなんだろう、という気持ちになりました。ユーザーから指示された通りに行動しつつ、その場での先読み能力も働く。自分とユーザー、そして周りを取り巻く環境が膜くらいの薄さになって、そこを漂うような感覚になった時に、アクターとしてうまくできた、と感じました」(花形)
「私は先ほどのトークに出た”虚無の佇まい”というワードが印象に残りました。他者から見たアクターは器のようにしか感じられないが、アクター自身にはアクターとしてのアイデンティティがあるのかどうかが気になります」(鳴海)
「インターネットで単発で仕事を請け負う”ギグワーカー”の在り方がヨーロッパなどで批判される一方で、ひたすら駒になり切ることの気持ち良さもある気がしていて。現代ではFacebookやTwitterなどのSNSをはじめ、次の行動を支配する巨大なアルゴリズムが根付いており、自分の意思が何なのかわからないことも多いです。しかし、それが肯定される価値観もあるだろうと考えています」(花形)
「歯車の一部になりきることで全体としては大きな運動になって、それが自分のやりがいとリンクし、納得できる落としどころを見つけられるかもしれないですよね」(鳴海)
「そうですね。コントロールする主体がどこにあるのかを把握し、置かれている状況を自覚していることが重要だと思います」(花形)
トークの結びには、アクターとしての業務が終了すると、疲労感とともにどっと自分の感情や感覚が戻ってくるという花形氏の体験談に対して、鳴海氏が「物語的自己」との関連性について述べた。「演劇的に与えられた役と生身の自分が切り離された時に、結果的にその役が自分自身の記憶とは統合されないというのが面白いですね。人間は経験の全てから自己が出来上がるわけではなく、取捨選択して自己を形成している。アバターであろうとなかろうと、何をアイデンティティとして選び取るかが肝で、メタバースも現実空間も、パターンのひとつであるという認識が重要なのかもしれません」
バーチャル空間が形成する新たな倫理観
Meetup後半のワークショップでは、クリエイターや社会人、学生らがそれぞれのバックグラウンドの垣根を超えて対話し、vol.01で挙がったコンセプト(vol.01イベントレポート)をベースにアイデアのイメージを膨らませた。
その中で「人・アバター」グループのメンターを務め、凸版印刷によるVIRTUAL HUMAN LAB.で人体情報データの活用について研究開発の推進を行う田邉集は、参加者の“バーチャル・ネイティブ”な視点に触れながら、今後のMeetupの行く先について期待を語った。
「人・アバターグループは、ミラーワールドにおけるアイデンティティの新しいあり方や、起こりうる課題、”あったらいいな”のサービスの種を議論しています。参加者は、学生からプロのクリエイター、起業家、企業人までさまざまなバックグラウンドの方が集っています。みなさんすでにバーチャル/リアル空間での制作活動や、バーチャル空間で過ごす中で感じたことがある方が多く、それらの経験をシェアしていただきながら、”共感できる!””違和感がある!”等、リアリティのある議論が飛び交っていてとても刺激的です。
バーチャル空間では、これからできることがどんどん増え、人々のふるまいが変わり、それに応じて新たな倫理観やルールが形成されていくと思います。現在のワークではバーチャル空間で実現するアイデアが多く挙がっている印象ですが、同じくメンターである花形慎さんの作品のように、敢えて現実空間で実装するような視点も期待したいです。というわけで、こんな先駆的な議論を対面で進めていること自体も面白いです。余談ですが初回の時にグループのみなさんに”あ,企業の人っぽい!”と外見で一瞬で見抜かれたので、現実空間でのアバターの必要性を強く感じております(笑)」
次回・3月22日(水)はいよいよMeetup season1の最終回となり、4ヶ月間にわたり構想されてきたサービスのプロトタイプが発表される。講評ゲストには知財図鑑編集⻑の荒井亮氏や、株式会社HEART CATCH代表の西村真里子氏を迎え、今後のGEMINI Laboratoryの構想が語られるトークも予定しており、こちらはオンラインでの視聴が可能だ。以下のURLより視聴チケットの申し込みを受付中。ぜひ、みなさんと一緒にGEMINI Laboratoryから生まれるミラーワールド時代のサービスの種を育んでいきたい。
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田邊周
田邊周
文化財、出版、CADなどデジタルコンテンツ流通事業立上げを経験し、現在は人体情報流通事業(Virtual Human Project)に従事。MIT Media Lab、Metaverse Japanリエゾン
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須藤菜々美
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須藤菜々美
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早稲田大学文化構想学部卒業。株式会社マガジンハウスのweb媒体の運営や、スマートニュース株式会社のBizDevアシスタントを経て、2020年より一般社団法人WholeUniverseのコントリビューターとして『END展』の制作や『boundbaw』への寄稿をはじめ、アートと人々や社会をつなぐ領域横断的な切り口で、編集や執筆などを行う。2023年からはWhatever Co.のProject Managerとしても活動を開始。
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