死から解放された世界にあるディストピア——misato『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー04

死から解放された世界にあるディストピア——misato『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー04

6名の現代アーティストが「GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)」の世界観を表現した展示『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』が2022年10月14日(金)〜25日(火)まで、東京のANB Tokyoで開催された。3DCGを用いた空間やアニメーションと現実における被写体を組み合わせた、リアルとバーチャルの明確な境界線を作らない作風が特徴のmisatoは、『cloud -intelligence freed from death』を出典。現実の肉体や存在意義を否定した仮想世界にあるディストピアとは?

死から解放された世界にあるディストピア——misato『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー04

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cloud -intelligence freed from death

──misatoさんは普段グラフィックデザインやファッション、ミュージックビデオの制作やアートディレクションを専門とされていますが、学生時代からデジタルを扱っていたのでしょうか?

もともとデジタルの世界とは無縁で、学生時代も特になりたい職業はありませんでした。でもある日YOSHIROTTENさんというアーティストのインスタレーションを見て初めてグラフィックデザイナーという職業があることを知り、海外にも興味があったのでグラフィックデザインを学びにロンドン芸術大学に行きました。その留学中に3Dデザイナーの方のもとで少しインターンさせてもらったのかきっかけで3Dに出合って、独学で習得しました。いまデザイナーになって3年目で、今年独立したばかりです。

──グラフィックデザイナーとしてのクライアントワークとアーティストとしての作品制作、両方されていると思いますが、misatoさんのなかではどういう違いがありますか?

クライアントワークは問題を提起されて解決策を考えるという流れで、誰のために何をするということが明確なのでやりがいがあるのですが、問題提起を待つ受け身な仕事でもあります。逆にアートワークは自分から問題を見つけて、自分が伝えたいことを一から考えて発信する作業なので、起点となる問題提起が受け身かどうかという違いがあると思います。でも、私の中でのロールモデルはYOSHIROTTENさんなので、どちらも並行して活動するということに違和感はありません。

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──「GEMINI Laboratory Exhibition」で発表された作品について教えてください。

2040年には脳がデジタル化され、知性をクラウドにアップできるようになると言われていますが、それは生と死の意味がなくなるということでもあるんですよね。それを雲とモニターで表現した作品です。最初に出てくる「Be Free from Death(死からの解放)」という言葉で、そのテーマをポップなかたちで伝えています。実は、酒井康史さんの作品「MCP[roppongi]」とリンクしているんです。

──MCP[roppongi]は、来場者の投票によって街の様子が変わっていく様をシミュレーションした作品ですよね。「住宅を増やしたほうがいいですか」「商業に重点を置いたほうがいいですか」といった質問に答えると、時間が経つにつれ人口や出生率、幸福度が変化する仕組みと伺いました。

私の作品は、酒井さんの作品で変化した死亡者数や出生率に応じて、真ん中にある雲(クラウド)のグラデーションが変わるんです。死亡者数が増えると青っぽく、出生率が高くなると赤っぽくなります。また何かしらの投票が行われたときは私の作品で脳のシナプスをイメージした映像が流れ、投票した人の意見=知性がアップロードされている様子を表現しました。しかもその知性は、投票者が亡くなったあとも街に影響を及ぼし続ける。雲の周りのモニターも酒井さんの作品とリンクしていて、酒井さんの投票対象になっている街に色をつけて表示しています。

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cloud -intelligence freed from death

──中央の大きな雲とモニターの関係性は?

酒井さんの作品の投票結果がこの雲に集約され、そこから両側のモニターに映る街に下りているイメージです。またこの雲は、奥のモニターに表示されている3Dアートの雲が現実世界に具現化されている表現にもなっています。

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今回の作品では、デジタルを逆再生して、VRの世界を現実世界にもってきたらVRの概念を超えられるのではないかという問いに興味がありました。アーティストが作ったVRの世界はVRゴーグルでしか見れないじゃないですか。それを現実世界に再現して、VRの世界を現実で五感で体験できるものがつくりたかったんです。

──酒井さんの作品とのコラボレーションはどう始まったのでしょうか?

今回キュレーションしている丹原健翔さんから、「コンセプトやシステムはしっかりあるけど見せ方の部分が決まってないアーティストさんがいるので、互いに補完し合うかたちでコラボレーションしたらどうか」と提案を受けて始まりました。

コラボレーションという意味では、会場構成をしている砂木さんのご提案で物理的な雲のオブジェの制作を堤有希さんというテキスタイルデザイナーの方に依頼しました。あと、酒井さんの作品とのデータの受け渡しなどを扱うプログラミングは、普段からVJなどの仕事でご一緒しているJACKSON kakiさんという方に依頼しました。

今回の展示では、会場で流れている映像は自分でつくりましたが、コンセプトづくりや全体のディレクションという役割が大きかったように思います。

──酒井さんの概念をmisatoさんが触媒になりながら、コミュニティでかたちにしたような印象があります。

この作品は、misatoというアーティストがゴースト化したもののような気がしています。それぞれのパートのなかに作品のもとになる概念部分を酒井さん、テクノロジーに関するアドバイスを丹原さんにお願いしていることもあり、作品作りの途中で「これは自分の作品なのか?」という問いと向き合うこともありました。

ただ完成してから思うのは、酒井さんのアウトプットや丹原さんの思いを自分の解釈としてまとめるというプロセスは、ある意味ミラーワールド的な制作だったのだなと思っています。デジタルやバーチャルの部分を酒井さんや丹原さんが担い、私はアーティストとして現実や肉体の部分を担いながら、作品全体に概念として遍在するような役割を果たしたのかなと。

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──作品について、ふわふわとした雲の姿も相まって見た目はかわいらしさを押し出しているように感じます。

ファンタジー感のある魅力的な世界観でカバーしているんですけれど、「あなたの知性生命はちっぽけな雲に集約されてデジタル化されてるんだよ」というディストピア的な意味を持たせました。桃源郷みたいな世界だけれど、最終テーマを紐解いていくとちょっと怖いよねという、見る人をちょっと落とし穴に落とすような作品です。

──いまディストピアと表現されたように、どちらかというとデジタルに対して否定的な表現ということでしょうか?

この作品は、命がデータになってクラウドにアップされ、それによって死から「解放」されることを表していますが、本来の命はもっと重みがあるものですよね。そのなかで、デジタルでは生と死があまり意味をもたず、軽く扱われているということを伝えたいです。

──misatoさんはデジタルの領域で活動されていますが、もともとそういう想いがあったのでしょうか?

仕事柄、VRやARに関わってる方と話す機会が多くて、そういう人たちは日頃から「VRChat」の世界にいて現実をあまり大切にしていないんじゃないかという想いがあったんです。現実の肉体や存在意義を否定して、仮想世界で自分がなりたい姿でしか生活していないところに違和感を覚えたんですね。

──デジタルが現実を否定しているという感覚について、もう少し教えてください。

親からもらった体なのに、何か違うものになって活動してるっていうのは、わりと生命の冒涜に近いんじゃないかと思っているんです。もっと現実で感じる情緒のほうが大切なんじゃないかということを伝えたくて、作品をつくりました。私も3Dなどデジタルを扱う人ですが、ちょっと現実派なのかもしれないですね。

─聴き手:矢代真也