デジタルとフィジカルが高度に融合し、相互作用する世界「ミラーワールド」時代におけるサービスをプロトタイプするコミュニティ「GEMINI Laboratory Meetup」も、今回で第3回を迎えた。
「都市・建築」、「人・アバター」につづく今回のテーマは「文化・伝統」。「クローン文化財がくる! 記憶と感動はデジタルでうつしとれるか?」をタイトルに、一見テクノロジーとは相反する存在にも感じられる歴史的文化財の保存と継承に先端技術はどう関わっていくのか、に迫る回だ。このテーマに先駆けて、芸術資源の新しい活用の形をめざし、3Dプリンターや3Dスキャンなどの技術を用いた実践を重ねている2名のゲストによるトークセッションが開催された。
オリジナルでは困難だった保存と公開。その両立を可能にする『クローン文化財』とは
まず一人目のゲストは、東京藝術大学の宮廻正明名誉教授・特任教授。ユネスコの世界親善大使・世界遺産担当特別顧問や東京国立博物館特任館長を務めていた日本画家の平山郁夫氏に師事し、細密な筆致が印象的な日本画家として、日本美術院展では幾度もの受賞を経験している。また、保存修復技術日本画を学び、従来の常識を覆すような最新のテクノロジーと伝統的な職人技による修復法を組み合わせて文化財を複製する「クローン文化財」開発の第一人者として、その利用価値を世界へ提唱している。
「クローン文化財」は、文部科学省と科学技術振興機構が平成25年度から開始したプログラム「COI(革新的イノベーション創出プログラム)」の拠点のひとつである東京藝術大学にて、研究が推し進められている。
「クローンという概念がピンときたのは、上野公園のソメイヨシノを見たときです。この桜も元々は遺伝子組み替えによって生まれたクローンだけれど、みんなに自然と受け入れられている。そこで“クローン文化財”という発想にたどり着きました。
さらに、いかにオリジナルに近づけるか、という思考は模倣に過ぎず、クローンはオリジナルよりも下位のものとして捉えられるということに気づいた。では、オリジナルを超えようというお題から開発したのが“スーパークローン文化財”です。これは、オリジナルでは既に欠損したり褪色してしまっている部分を元の状態に戻すという方法です」(宮𢌞)
オリジナルよりもオリジナルな“スーパークローン文化財”はどのように受容される可能性があるのだろうか?
「世界の美術館や博物館には流出文化財がたくさん存在しています。時を経て、元あった国へ返却するという話が挙がったときに、オリジナルかクローンかでは、もちろんオリジナルの方が良い。ではそこに、もうひとつの選択肢があったらどうでしょうか。“スーパークローン文化財”ならば、パーツが欠けていたり、変色していたりする部分をカバーすることで、オリジナルよりもきれいな原画を元あった国に戻すことができるのです」(宮𢌞)
オリジナルを超越するという考え方は、日本文化の歴史にも通ずるものがあると語る宮𢌞教授。「日本は中国から輸入した文化を写して受容してきた。さらに、日本風にアレンジすることで、文化を変容し超越させながら形成されてきたのが“ジャポニズム”という理論になります」(宮𢌞)
テクノロジーと職人技の融合が過去から未来までを表現する
クローン文化財であれば、本来であれば門外不出の重要文化財であっても、場所を問わずにその姿を多くの人の前に公開することができる。
「法隆寺の釈迦三尊像のクローンをつくるプロジェクトでは、本堂に3Dスキャナーを持ち込んで型をとり、周りが狭くてスキャンが難しい箇所については、彫刻家や工芸家などによる手作業で修復するというデジタル・アナログの協働によって再現に成功しました。さらには、創建当時の金色の状態に戻すことで過去を、同じ型を使い別素材のガラスで像を作ることによって未来をつくったんです。ガラスは透明なので偶像崇拝を回避できるかもしれず、光に照らすと反射して浮かび上がる影には宇宙観を見出すことで、未来を表現しました」(宮𢌞)
他にも、紛争により破壊されてしまったアフガニスタンのバーミヤン東大仏天井壁画を写真データから復元し、中国にある世界遺産・敦煌莫高窟ではロボットを使って唐の時代の彫刻を復元するなど、破損や公開不可能といった状態をクローンによって克服している。この試みは、文化財への窓口を世界中に拡張し、国家の関係性にも影響を与えうる。
「保存だけを重視するなら、劣化を防ぐためにも公開しないことが良しとされます。しかし、文化が閉じられた状態では受け継がれていかない。そこで、クローンを用いることで、保存と公開の両立を可能にしました。文化を守り続けるためには、物質だけに頼るのではなく、そこに込められた精神を継承することが本質的に重要なのではないでしょうか」(宮𢌞)
オリジナルを超えた価値を生み出す“クローン文化財”の今後の展望は?
「今後も“スーパークローン文化財”の技術がさらに発展し、その技術を伝える人材育成によって、世界中の文化が豊かになることを望みます。自身の文化を自身で守るという主体的かつ能動的な継承のかたちを実現したい。テクノロジーに芸術的な創造性をいかに取り込んでいけるかが、大きな価値につながるのではないかと思います」(宮𢌞)
“ゴミの山”だった廃材のデジタルデータが語る、人々のふるまいの歴史
続いてのゲストは、株式会社砂木共同代表の京都市立芸術大学・砂山太一准教授。建築家・木内俊克とともに、デザイナー/プログラマーとして、テクノロジーを用いた実験的な手法で建築に取り組み、さまざまなプロジェクトを手掛けている。砂山教授からは、自身が参加したヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展を中心に、文化財における新たな価値の提案とデジタルアーカイブについて語られた。
「2011年に開催された第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展・日本館は、建築の構法研究者の門脇耕三さんをキュレーターに、複合的な職能が集まったチームで構成されました。宮𢌞先生が一定の価値が社会通念的に認められている文化財をどうデジタル化して保存・継承していくかというアプローチで研究されているのに対して、今回ご紹介する作品では、歴史的価値も美的価値もないものを丁寧に保存するということをやっています」(砂山)
ヴェネチア・ビエンナーレに出展されたインスタレーション作品《ふるまいの連鎖》では、戦後日本に建てられた、なんの変哲もない木造住宅が解体・再構築される様子が展示された。1950年代に建設されてから幾度も増改築を繰り返してきた一般家庭の住宅を、その持ち主の名前を冠して《高見澤邸》と名付け、解体されて出てきた廃材などが海を越えてヴェネチアの会場まで運ばれ、個人の歴史とともに並べられた。
「《高見澤邸》は、国内のほとんどの木造住宅に使われている、柱と梁を基本構造とする組み立て工法“在来工法”によって建てられています。これは日本で古くから伝わるごく一般的な建築手法ですが、その中を紐解いていくと、ものすごい量の知の蓄積があることに気づきました。例えば、大工さんが当時どのようなことを考えて組み立てたのかを推測できます。そのような人の手を渡り歩いてきた知や情報をたどれないかということを考え、解体された材料一つひとつを3Dスキャンでデジタルデータ化し、分析しました」(砂山)
それまではただの材料・ゴミとして見過ごされてきたものから、産業の歴史や個人のストーリー、手垢を丁寧に拾い上げ、豊かな知財としての価値を見出したのが本作だ。
「作品のタイトルが《ふるまいの連鎖》でもあるように、本来はゴミとして扱われるような廃材が海外へ運ばれ、今ではオスロの教育施設のパーツとして使われています。どのような変遷をたどっているのか、Webサイトにもログをアーカイブしています。
このインスタレーションは、“建築家とは何か”というステートメントでもあります。つまり、建築家というのは、歴史の変遷の中で、今の社会状況や価格変動など、あらゆるネットワークの間でふるまいを定義しながら、それを未来へつないでいく活動家であるという考え方が根底にあるんです」(砂山)
しかし、俯瞰的にふるまいの連鎖を捉えようとしても、自身も「ふるまい」の一部となるプレイヤーのひとりでしかないというジレンマを感じたという砂山准教授。「過去と未来を網羅して残していくために、個人ではなく社会全体における連鎖可能なエコシステムがつくれたら」と今後の展望を述べた。
客観的な視点から浮かび上がる、守るべき「文化・伝統」の価値
インスピレーショントークから、両名とも文化財の保存と継承にテクノロジーを活用しているが、創出される価値は多岐にわたることがわかった。では、未来に受け継ぐべき価値や、デジタルを介入させる際に意識すべきポイントは何なのだろうか。まずは、国際的に見た文化財保存の重要性についての話題が挙げられた。
「私が“世界平和”という大きなビジョンを見据えているのは“ジャポニズム”の考え方ともつながります。芸術は無くならない資源であり、日本は文化・芸術をつくって提供するだけでなく、それを補うことを大切にできる価値観があると思います。だからこそ、日本から補い、進化する技術を発信することで、世界中の人たちに自分が文化をつくっているという当事者意識を持ってもらえる社会にしたいんです」(宮𢌞)
今回のクロストークでは、Meetup vo.1でゲストとして登壇した翻訳家/プログラマーの中村健太郎氏がモデレーターを務めた。テクノロジーが内在化したスマートシティを批判する『スマート・イナフ・シティ:テクノロジーは都市の未来を取り戻すために』(ベン・グリーン著、2022、人文書院)などを翻訳する中で、中村氏が重要だと考えるトピックは「守るためのテクノロジー」だという。
「テクノロジーで社会を変える、新しいものを生む、というようなことがバズりやすいですが、実際には、宮𢌞先生の取り組みのように、何かしらの価値を守るためのテクノロジーの使い方を考えるフェーズに入っているのではないかと思います。
その中で、2011年のヴェネチア・ビエンナーレでの日本の企画には、強く印象を受けたことを覚えています。砂山先生は、美的な新規性が問われるような国際的な展覧会において、ごくありふれたものを取り扱われましたが、どのような反応がありましたか?」(中村)
「ヴェネチア・ビエンナーレで特別賞を受賞するような作品は、素材によるサステナビリティ実現など、産業の軸から社会性を考慮して選ばれる印象があり、私たちのチームの受賞は叶いませんでした。ですが、《ふるまいの歴史》で提示した問題意識は多くの方から共感を得て、評判としてはとても良かったんです。このプロジェクトは、環境問題の議論だけでなく、複合的にレイヤーが重なり合ったエコシステムについて問いを投げかけているので、歴史的な国際展でどう評価されるのかは悩ましい点ですね」(砂山)
「新しい評価軸の受容という点から砂山さんのお話を踏まえると、修復の世界では“デジタルは贋作”という常識がある中で、宮𢌞先生は“クローン文化財”という道を切り拓こうとされていますよね。固定観念を取り払い、テクノロジーによる修復を受け入れてもらうために意識されていることはあるんでしょうか?」(中村)
「社会に受け入れてもらうための時間をつくるために、段階を踏んで見せていくように意識してはいますが、新しい方法に対して衝突が起こるのは当然のことだと思っています。“錯然(さくぜん)”という言葉がまさに当てはまるのですが、新しい考え方とその反対意見というふたつの要素が共存して火花を散らすことで生まれるエネルギーもあるのではないでしょうか。過去と現在、現在と未来を組み合わせて何ができるか、想像可能なものと想像の範疇を越えるものをどう組み合わせるかが、私が作家活動で一番大事にしている要素ですね」(宮𢌞)
「デジタルかフィジカルかに関係なく、過去との対話あるいは共同作業によって、得られる情報や学べることがたくさんありそうですね」(中村)
時を経て受け継がれてきたものは、文化的権威の歴史背景に関わらず、過去と未来の人々のストーリーをつなぐ触媒として働く、豊かな情報源であるということがわかった。では、デジタルを介して過去と対話をするということは、どのような視座をもたらすのだろうか。
「砂山先生は、3Dスキャンを通してものを見つめてみて、何か新たな気づきはありましたか?」(中村)
「欠損したデータを創造で埋めるというテーマに向き合っていて、正確性だけではなく、あえて別のスペキュラティブな要素も入れ込むようにしています。デジタルを使うことで、ものが数値データ化され、主観から一歩距離を置いた客観的な創造性を持つことができます。これこそが、私の考えるデジタルクリエーションの本質です」(砂山)
「対象の“他者”になることで可能になる過去との対話がある、ということが印象的ですね。オリジナルの再現にとどまらず、守っていくべき文化財の価値とは何かを方向づけるヒントにもなるように感じました」(中村)
いよいよ「ミラーワールド」時代のサービスアイデアの発表へ!
次回の発表に向けて、これまでのMeetupで構想されてきたサービスアイデアが3名のイラストレーター(川添むつみ、黒田理沙、関根美有)
の手によって絵に描き起こされた。参加者もますますイメージが膨らんだのではないだろうか。
今回「文化・伝統」チームのメンターを務める、XR関連の企画開発やコンサルティングを行うディレクターの内藤薫氏は、このLaboratoryから同じ志をもった仲間が集い、共に創るコミュニティの活気に感銘を受けたそうだ。
「先進カルチャーに興味関心のあるメンバーが集まるGEMINI Laboratory Meetupは、思想やデザイン・クリエイティブなど、他のコミュニティにない様々な角度のアイデアが出てくる点が魅力です。
Vol.3からは、前回までのアイデアを実際のプロダクトやサービスに落とし込むためのディスカッションとなりました。点と点を結んで具体化していく難しさもあって、時には議論が難航しているかのように見える場面もあったように思います。しかし、メンバー同士の意見を尊重しながら案を練ったり、実際に手を動かしてビジュアライズをしてみたりと、常に和気藹々とした空気に包まれている様子が印象的でした。同じ関心と高いモチベーションを持つ仲間が集まるコミュニティの可能性を改めて感じています。
最終的には、クリエイティブな視点を持つGEMINI Laboratoryならではのサービスアイデアが生まれることを期待しています」
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内藤薫
内藤薫
2006年より凸版印刷株式会社にて文化財デジタルアーカイブVR事業に携わる。 2016年よりフリーランスディレクターとして企業のXR事業サポートやIP販売を行う。レインダンス映画祭、釜山国際映画祭など海外映画祭への出展・賞受賞。 2022年に株式会社CHAOSRUを設立。デザイン・クリエイティブの観点からXR関連の企画開発・コンサルティングを行うほか、自社プロダクト開発もスタート。
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須藤菜々美
編集者/ライター
須藤菜々美
編集者/ライター
早稲田大学文化構想学部卒業。株式会社マガジンハウスのweb媒体の運営や、スマートニュース株式会社のBizDevアシスタントを経て、2020年より一般社団法人WholeUniverseのコントリビューターとして『END展』の制作や『boundbaw』への寄稿をはじめ、アートと人々や社会をつなぐ領域横断的な切り口で、編集や執筆などを行う。2023年からはWhatever Co.のProject Managerとしても活動を開始。
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