市原えつこが語る、仮想空間は現実の「祝祭の感覚」を再現できるか?

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伝統文化と最新技術を組み合わせたメディアアートで観る人を驚かせてきた市原えつこ。早くからxR分野とも積極的に関わり、仮想空間での作品発表やメタバース上のイベント参加も実践してきた。

『デジタルシャーマン・プロジェクト』や『都市のナマハゲ』、『仮想通貨奉納祭』といった主な作品のモチーフは、さまざまな日本の儀礼だ。それらの祭事をデジタル世界に再構築することで、新しい時代の信仰や弔いのかたちを提示している。

そんな市原に「メタバースは現実の祝祭の感覚を再現できるのか?」と問いかけ、「虚構と現実」それぞれの祭事の機能性から、よりテクノロジーが発展した未来における人間の死生観の変化に至るまで話を聞いた。

「虚構と現実」を自在に行き来するプロセス

─これまで市原さんはメディアアートを軸に活動を展開してきました。12月1日からスタートする森美術館『六本木クロッシング2022展:往来オーライ!』にも出展アーティストとして参加されます。そんな市原さんは、いわゆるメタバースについてどのように意識してきましたか?

市原:作品ではメタバースを専門的に扱ってきたわけではないんですが、「虚構と現実」というテーマにはずっと興味がありますね。2013年に、当時理化学研究所の適応知性チームにいらっしゃった藤井直敬さんが「代替現実システム(Substitutional Reality System、SRシステム)」(過去の出来事を目の前で実際に起きているかのように現実として体験させるシステム)というものを研究開発していて、すごく面白いと思っていました。

―初期の作品『デジタルシャーマン・プロジェクト』からそうですが、やはり「虚構と現実」双方に惹かれるんですね。

市原:デジタル世界の情報が現実世界に落とし込まれる瞬間がめっちゃ萌えます。作品制作では3Dプリンタやレーザーカッターを使いますが、デジタルデータがアナログに焼かれたり、物体化した瞬間が興奮のポイントです。

『デジタルシャーマン・プロジェクト』。科学技術が発展した現代向けに、新しい弔いのかたちを提案する作品。家庭用ロボットに故人の顔を3Dプリントした仮面をつけ、故人の人格、口癖、しぐさが憑依したかのように身体的特徴を再現するモーションプログラムを開発した

―『都市のナマハゲ』でも、ドライブさせた妄想をしっかりとフィジカルな装束に落とし込んでいますもんね。

市原:データやイメージ、アイデアって不確かで流動的なものなので、それらにかたちを与えるためにはマテリアルを吟味しないといけませんから。そういう、情報を物質化するプロセスのフェチではあると思います(笑)。

『都市のナマハゲ – Namahage in Tokyo-』。秋田県男鹿市で200年以上伝承された重要無形民俗文化財「ナマハゲ行事」が持っている機能を再解釈し、現代の都市に移植する試み

―だからこそアートをやってるわけですよね。また、巫女さんの衣装がトレードマークになっているように、市原さんは身体的なパフォーマンスも得意とされています。「神事のアップデート」をテーマにした『仮想通貨奉納祭』では、実際に『サーバー神輿』を担ぐお祭りも開催していました。

市原:コロナ前の2019年には、結果的に2日間で1万人くらい集まってみんなでワッショイワッショイと神輿を担ぎました。密ですよね(笑)。

『仮想通貨奉納祭』。「神事のアップデート」をテーマに、世界中から仮想通貨を集めてリアルタイムに神輿に反映させ、集まった仮想通貨を「土地の豊穣」のために再分配するという東京の新たな祝祭や伝承をつくるプロジェクト

―お祭りって基本的にローカルでドメスティックなものじゃないですか。一方で、メディアアートやメタバースにはグローバルで普遍的なイメージがある。そのうえで、特に日本の神事に注目したきっかけはありましたか?

市原:学生の頃から、日本中のいわゆるB級スポットを巡るのが好きでした。あと2017年にフランス人写真家のシャルル・フレジェによる日本の妖怪をテーマにした展覧会『YOKAI NO SHIMA』を見て、雷に打たれたんです。海外の人の目線から自国の伝承を眺めると、また新鮮で。そこから日本の神事や奇祭にハマりましたね。

土着的な祭りって一見すると非合理だし、原始的に思えるんですが、じつはちゃんとファンクション(機能)を持っているんですよ。お祭りの準備をするなかで共同体を維持したり、土地のご先祖さまを慰霊したり。

ナマハゲをモチーフにしたのもその一環です。村の若者がナマハゲに扮して一軒一軒民家を回ることで、治安維持や戸籍管理の機能を果たしていたそうです。「ナマハゲ台帳」というものが実際にありますからね。非合理な奇祭が妙な機能美を持っているのが面白いなと。

リアルの祝祭の「感覚」をデジタル空間で代替できるか?

―それから2021年には、祝祭が失われていく日常に対応するかたちで『祝祭のデジタルツイン』という新プロジェクトをリリースしていますよね。

市原:コロナ禍で物理的に人が集まれなくなって、知り合いの伝統芸能に携わる人たちの悲痛な叫びをたくさん聞きました。そのなかに「現実の空間じゃなくても、仮想空間で祭事をできないか?」という相談があって。そういう悲惨な状況をどうにかしたいと思っていた際に、早稲田大学のデジタルツインの社会実装を研究している松山洋一研究室の技術支援のもと、研究室に所属していたアーティスト・開発者の渡井大己さんとつくったのが『祝祭のデジタルツイン』です。

そこでは仮想通貨を奉納すると、現実空間で物体としての『サーバー神輿』が大量のLEDファンの回転・発光によって高揚します。それと同時に、メタバース上のバーチャル化した神輿と、さらにAR空間でその神輿を担ぐゴーストたちが、ドンドコドンドコと祝祭を繰り広げます。

市原:なおかつ、デジタル空間ではミラーワールドみたいな原始の島もつくりました。仮想通貨が奉納されると、その島の中心に空いた穴からスポーンと石碑や彫像が出てきて、それがどんどん島に立っていく。そしてその石碑はメタバース上に半永久的に残り続けるという仕掛けです。

人の熱狂や熱気が集まることで生まれるお祭りの神聖さってありますよね。それは物理的な集会を前提にする必要があるのか? もしかしたらデジタル空間でも再構築できるんじゃないか? そんな試行錯誤としてやったのがこの作品でした。

―実際にやられてみて、仮想空間の祝祭は現実の祭りを代替しうると感じましたか?

市原:たしかに何かしらの祝祭感や賑わいのようなものは生まれました。でも一方で、単純に身体感覚の欠如を感じましたね。お祭りってやっぱり密の集合体で、飛び散る汗や神輿の重量感が肝心なところがあるから、ある程度は再現できても完全には難しいのかなと。

ただ、今はVRの世界でもフルボディトラッキング(現実の全身の動きをアバターに連動させる技術)とか、電気刺激を利用したものとか、人間の身体に訴えかけるような技術がどんどん出てきているので、それらが安価になって一般に流通するようになると、また状況は変わってくるだろうなと思います。

―なるほど。コロナ禍でもさまざまなコミュニケーションがオンラインベースになりましたが、逆に身体感覚の重要性を実感した人も多かったですからね。

市原えつこ

市原:とはいえ、なんだかんだ「デジタルは便利だな」という意識は広がったと思います。一度オンラインコミュニケーションの効率の良さに慣れてしまうと、それを完全に元に戻そうとは皆さんならなそうですよね。

『仮想通貨奉納祭』をつくるとき、伊勢神宮の広報担当の神職さんにお話をうかがったんですが、「長く続くものほど時代の変化に対して柔軟だ」とおっしゃっていて。数千年の歴史のなかで伊勢神宮は20年ごとに式年遷宮をしてますし、広報としても江戸時代の瓦版から、いまでは神職自らInstagramを更新しているそうです(笑)。

これまでの伝承のあり方が時代に合わなくなっていたり、ガタが来ていたりする部分は少なからずあったわけです。だから社会状況に揺さぶりがかかっているこのタイミングで、それらを一度仕分けして再構築するのは大事なことだと思います。

―たしかに、これからはリアルとデジタルのダブルシステムが基本になっていきそうですね。ちなみに祝祭をメタバース上で行なうとき、現実のお祭りの感覚や感情を伝えるために工夫した点はありますか?

市原:もちろん、現実世界と比べるとメタバースでは解像度がガクンと落ちてしまうんですが、逆にデジタルだからやりやすいこともありました。例えば、仮想通貨が奉納されるとメタバース上のフィールドは無限に広がっていくし、奉納した人の情報は半永久的に刻まれることになります。特定の電子空間上に現実とは違う世界をどんどん建立して、自分の功績も残すことができるんです。

―そういったものはリアルだとなかなか「見える化」してこないですよね。

市原:現実で石碑を立てたり、自分の顔をかたどった島をつくったりするのは、リアルだとハードルが高いですよね。その意味で、メタバースでは自分の貢献が容易に何かしらかたちになるというメリットがある。それは人間の感情に訴えかける体験だと思うので、現実を補完しうるポイントではあるのかなと。

何より、世界中の人がどの環境からでもアクセスして同じ風景を見られるという強みがあります。同時通信もできますし、やっぱり地理的条件を超えて集まれるのがメタバースの面白さですよね。現実の体験をそのまま真似しようとしても、ただのデグレ(正常に機能していた動作が動かなくなること)になっちゃいますから。

『デジタルシャーマン・プロジェクト』は2018年、世界的なテクノロジーアートアワード『アルスエレクトロニカ』で、栄誉賞を受賞した / 撮影:Tom Mesic

日本の儀礼ならではの機能性を更新

―市原さんは海外でもたくさん展示を発表されてきましたが、日本の伝統的な死生観は海外でどう受け取られていると感じますか?

市原:作品を発表するとよく不気味がられるので、自分たちは変な民族なんだなと実感します(笑)。海外で一番発表しているのは『デジタルシャーマン・プロジェクト』なんですが、日本の方は意外とすんなり受け入れてくださったこの作品も、ヨーロッパに持っていくとびっくりされることが多くて。

日本人には、山とか石みたいな人間以外のものにも神様や生命が宿るというアニミズムの考え方がありますよね。でも欧米の世界観だと、あくまで人間は人間、物質は物質。機械化も合理的なオートメーション化でしかないので、日本のペットロボットなんかも奇妙に映るそうです。だからこそロボットに死者の魂が宿るという概念が、ギョッとされながらも面白がられた。

―欧米の一神教的な世界観のなかで、日本のアニミズム的な死生観はやはり目を引くわけですね。

市原:ちょうどヨーロッパも人間中心主義的な考え方を見直そうとしているタイミングで、自然との共生などが盛んに言われています。そういう観点から、日本のアニミズム的な発想をベースにしたプロジェクトがフィーチャーされている部分があるのかもしれませんね。

―そもそも市原さんが、そうした日本的な死生観に基づく弔いや慰霊に惹かれていったのはどうしてだったんでしょう?

市原:きっかけは祖母が亡くなったことですね。いまはこんな格好してますけど、それまでの私は決して信心深い人間ではなくて(笑)。もともと葬儀の合理的な理由がわからなかったんですが、実際に祖母の葬儀を経験してみて、人が亡くなった喪失感を緩和する機能がすごく詰まってるなと感じたんです。

みんなで祖母の遺体の白骨を箸でつまむ。字面だけ見るとギョッとするような儀式なんですが、それによって大事な人を喪ったという参列者の悲しみをみんなで緩和しているようにも思えて。四十九日という制度にも、生者と死者の適切な距離感をだんだんつくっていくような機能美がある。

―たしかに四十九日って、人が亡くなったことを受け入れるのに絶妙な日数ですね。

市原:そうそう。そこから一周忌、三回忌と徐々に間隔が空いていくのもまたうまくできてますよね。

いま、時代の一番の頭脳ってサイエンスの世界に集まってると思うんですが、仏教葬儀を設計した時代には、おそらく宗教の分野にトップ頭脳が集まっていたんだろうなと。つまり、エリートたちが全力で設計しためちゃくちゃ合理的な機能なんですよ。

数百年、数千年と続いているものには、やっぱり続いているものなりの強さがあるんですね。古今東西どこの国にも、どの時代にも必ず弔いという行為はあったし、動物だって仲間を弔うと聞きます。生物にとって必須栄養素くらい重要なものなんです。

―そうした弔いをテクノロジーを用いて行なう際に、いまのデジタル世界に足りていないと感じるものは何でしょう?

市原:逆に宗教側の課題で言うと、さっきも話した通り、長年続いた制度が設計当初の状況と合わなくなる部分がどうしても出てくると思うんですね。社会環境も変化しているし、人の流れも流動化しているので、一生同じ場所に留まるという人生はレアケースになってきている。そのときに、親族の墓を先祖代々守るモデルが時代と合わなくなっている気がして。

仏壇やお墓って、いわば死者と通信するためのインターフェース。そのインターフェースがもっと多様化して、例えばメタバースのなかで定期的に故人と会えるような仕組みが出てきたりするといいですよね。

―そんなメタバース上での弔いや慰霊の仕組みが整えられたら、人の死生観や信仰のあり方に変化はあると考えますか?

市原:めっちゃあるんじゃないでしょうか。メタバースに限らず、新しいテクノロジーが進化することで、これまで当たり前とされてきた寿命とか性別の概念がどんどんくつがえされていくと思います。

初めに言ったSR(代替現実)の実験でも感じたのは、人間の認知って本当にいい加減で、すごく騙されやすいということ(笑)。だからこれから生者と死者の境界が曖昧になっていくこともありえますよね。

いまでも死後ソーシャルメディアのアカウントが残り続けることがありますが、身体的な死を迎えた後もアバターとしてデジタル空間にずっと存在するため、生前に準備するようなことが普通になる───そんな未来が待ってるのかもなと妄想しています。

ゲストプロフィール

  • 市原えつこ(いちはら えつこ)

    アーティスト、妄想インベンター

    市原えつこ(いちはら えつこ)

    アーティスト、妄想インベンター

    1988年、愛知県生まれ。早稲田大学文化構想学部表象メディア論系卒業。日本的な文化・習慣・信仰を独自の観点で読み解き、テクノロジーを用いて新しい切り口を示す作品を制作する。アートの文脈を知らない人も広く楽しめる作品性と日本文化に対する独特のデザインから、国内外の新聞・テレビ・ラジオ・雑誌など、世界中の多様なメディアに取り上げられている。

Co-created by

  • 中島晴矢

    ライター

    中島晴矢

    ライター

    アーティスト。現代美術、文筆、ラップなど、インディペンデントとして多様な場やヒトと関わりながら領域横断的な活動を展開。美学校「現代アートの勝手口」講師。主な個展に『東京を鼻から吸って踊れ』(gallery αM、2019年-2020年)、キュレーションに『SURVIBIA!!』(NEWTOWN、2018年)、グループ展に『TOKYO2021』(TODA BUILDING、2019年)、アルバムに『From Insect Cage』(Stag Beat、2016年)、著書に『オイル・オン・タウンスケープ』(論創社、2022年)など。

  • 豊島望

    フォトグラファー

    豊島望

    フォトグラファー

    都内スタジオ、フリーカメラアシスタントを経て、2011年よりフォトグラファーとして活動。

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