6名の現代アーティストが「GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)」の世界観を表現した展示『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』が2022年10月14日(金)〜25日(火)まで、東京のANB Tokyoで開催された。長期のフィールドリサーチを経て、土地やコミュニティのもつ伝説や物語といったフォークロアと、その背景にある個人の文化や歴史を浮かび上がらせるメディア・アーティストである菅野は、『The Essential Space』を出典。鑑賞者によって変化する「心霊的な鏡(ミラー)」とは?
──最初に菅野さんのバックグラウンドを教えてください。もともと大学でのご専門は油絵だったのですよね?
はい。もともと絵にこだわりがあったわけではなくて、服や立体物など創作全般が好きだったので、専門をひとつに絞れなかったんです。油絵科に進んだのは、特に日本の大学の油絵科は油絵の技法に縛られない、自由な表現が許される環境だからでした。大学に入学してからも、仏像をつくったり大きな凧をつくったりといろいろな表現を試していました。
──表現方法としてデジタルを扱うようになったきっかけはなんだったのでしょうか?
私が大学にいた2013~17年は地域アートプロジェクトが活発になった時期で、私もそういうプロジェクトに多く参加して、土地の物語や場所自体をテーマにした作品にも着手するようになったんです。そのなかで表現方法も変わり、すぐに場所を移動しやすいデジタルの形態になっていきました。
──もともと土地に由来した物語などにご興味があったのですか?
私はおばあちゃん子だったのですが、祖母から彼女の地元である八王子の伝説や伝承を聞いたり、雨乞いの儀式やお祭りに参加したりと、土地の風習に親しんで育ちました。儀式中の雰囲気も好きで、民俗学的なものへの興味もあったと思います。
──大学では台湾にも留学されていますが、それも土地の風習に興味があってのことだったのでしょうか?
地域を題材にしたアートを制作する中で色々な国の方と交流があったのですが、民話のお話をするなかで共通性を感じることがあったんです。それがきっかけで、海外の風習や伝承に興味をもつようになりました。留学先を台湾にしたのは、単に南の島に行きたいなと思ったこと(笑)。それと、日本との歴史的関係が気になっていたことが理由です。最初の2カ月は語学学校で中国語を一から勉強していました。そのあと現地の国立台北芸術大学で学んだのですが、そのときに今回「GEMINI Laboratory Exhibition」に出展している作品のモデルになっている場所を教えてもらったんです。
──「The Essential Space」は台湾に実際にある中心新村をモデルにした作品ですよね。どのような構成になっているのか教えてください。
壁の片方にはL字型のスクリーンがあり、私が撮影した実際の村の映像と、3DCGでつくった架空の村、そして温泉の写真の3つが映し出されています。3DCGの村のでは視点が縦横無尽に移動していて、鑑賞者は村を上から下からいろいろな視点で観ることになるんです。また、奥では「身体の無い猿」が創作の伝承を絶滅危惧言語で語っています。これは日本語から中国語、そして文字を持たない台湾語の音声に伝承を翻訳して、私が独自のカタカナ表記で読み上げたものです。もう片方の壁にはこの作品をつくるにあたりリサーチやアイデアを書いたノートが展示してあります。
──そもそも、この中心新村はどういう場所なのでしょうか?
ここは温泉が出る場所で、もともとは台湾原住民の聖地だったんです。日本統治時代は日本人が温泉街をつくり、医療施設や軍事施設をつくっていました。戦後は日本軍が撤退した村に今度は中国大陸からの移住者たちが住むようになっていったのですが、老朽化が進み90年代に台北市の再開発計画により、一度廃村になりました。
しかし2012年ごろに、地元の方々の働きかけで、村の歴史的価値が認められ、村の再開発計画は中止になり、文化遺産として保存されることになりました。2018年からは一般公開されるようになったんです。村の歴史を紹介するㇲぺースもあって、場合によってはアーティストの展示にも使えるようになっています。私も台北藝術大學の仲間達と村についてリサーチをして、この村の廃墟を利用した展覧会をしました。
──フィールドワークはどんなことをされていたのでしょうか?
周りの温泉街でお話を聞いてみたりしました。例えばこの地域には日本統治時代に日本人がつくった「温泉観音」という観音様を祀る場所があります。でも統治後には名前が中華風になり、ご本尊も元々あった手掘りの小さな温泉観音が壁に埋め込まれ、それを隠すように前方に大きな金色の仏像が鎮座するかたちになっているんです。温泉観音が見えるのは1年に1回、この金色の仏像が掃除のために移動されるときだけですね。
村のほうもいろいろな人が住んだ痕跡が残っていて、家屋が瓦屋屋根だったり日本風の家具がある一方で、中華圏に見られる「福」の字の赤い飾りがあったりと、文化が混ざっている印象があります。ここで幽霊のお話を聞いたこともありますね。
──幽霊のお話?
廃村の管理をされている人から聞いたお話です。何度もフィールドワークをしていると、管理人の方ともお話するようになるんですよね。その人が私のことをちょっと怖がらせてやろうと思ってか、あるいは夜一人では危ないから気をつけてねという意味でか、いろいろな幽霊のお話を教えてくれて。そのなかでも面白かったのが、首のない猿の幽霊が出るというお話です。これは多くの方から聞きました。悪い霊は除霊されているらしいので、良い霊だと思うのですが(笑)。
──それが伝承を語る「身体の無い猿」に繋がっていたんですね。幽霊というと暗い、怖いイメージがありますが、それが3Dのテクスチャーのなかで再現されていることが面白いですね。
3Dならば幽霊がもつ「暗い」「怖い」といったイメージを拭えると思ったんです。そうすれば、なぜ人が幽霊を想像するのかといった心理や歴史的背景に思考が向きやすくなると考えました。民話は人によって何度も語られ、何度も映画などで表現され、いろいろな“手垢”がついているように感じるのですが、まだ3Dによる表現はそういう段階にないのでそうした効果を発揮するんです。ちなみに3DCGの村を縦横無尽に飛び回る映像のほうは、猿の頭のほうが何かを探しているような視点を意識しています。
──菅野さんが中心新村を作品のテーマに選んだ理由はなんだったのでしょうか?
日本の友人たちに台湾に留学すると話すと、「親日国だよね」という反応が返ってくることが気になっていました。台湾の人々は確かに優しくて日本人に良くしてくれますが、実際は日本の支配を受けた国であり、そんなに単純な話ではないですよね。それを伝えたくて、複雑な歴史をもつこの場所を選びました。
──現地の人の間では、そうした日本に関する歴史はどう伝えられているのでしょうか??
フラットな歴史教育をうけてるなっていう印象が強いです。被害者でも加害者でもなく、とても中立的な目線で歴史教育がされているように感じました。それは施設によって違うのかもしれませんし、日本統治時代だけの話で中国との歴史については私はわからないのですが。
──ここにはさらに原住民の方々も住んでいらっしゃったんですよね。
そうですね。時代によって住んでいる人がコロコロ変わっている土地で、物語がどんどん重なっていくイメージが自分の中にできていました。作品では土地に重層的にレイヤーを重ね、それを地下に潜って下から見たり、幽霊のように飛んでいる視点で見たりといった視点を表現しています。さらに、見聞きした話をもとに友人と新しい伝承を創作して、それをブラウン管の中でサルの首に語らせています。そこにいっただけでは見えない物語の重なりを、複雑なまま、ビジュアルで表現したかったんです。
──この作品を「GEMINI Laboratory Exhibition」で展示することになった理由を教えてください。
この作品は台湾で序章のような部分をつくり、残りは日本に帰国してから大学院の修了作品として制作したものです。それをコンペティションに出したのですが、その審査員の一人が今回キュレーションをされている丹原さんでした。それをきっかけに、「GEMINI Laboratory Exhibition」に出さないかと提案してくださいました。
それまで、自分の作品をミラーワールドのようなかたちで捉えたことはありませんでした。ミラーワールドに照らして考えると、私の中でこの作品は「鏡(ミラー)だけれど現実では映ってはいけないものが映っている」というイメージです。まったくそっくりなものが映るわけではない、心霊的な鏡ということですね。
──実際の土地にさまざまなレイヤーを重ねた作品ですが、鑑賞者にはどのようなことを感じてほしいですか?
鑑賞者はこの土地に馴染みがないと思うのですが、作品を観たときに、その馴染みのない場所からふとした懐かしさを感じて、そこから自分の立ち位置や世界のことを考え直すきっかけになればいいなと思っています。
─聴き手:矢代真也
ゲストプロフィール
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菅野 歩美(かんの あゆみ)
菅野 歩美(かんの あゆみ)
1994年東京生まれ、東京藝術大学大学院博士後期課程在籍中。どこの土地にも存在する、土地にまつわる物語や伝説、怪談。フォークロアと呼ばれるそれらは、なぜ人々によって紡がれてきたのか。その背景にある歴史や個人の感情を想像することで生まれる「オルタナティヴ・フォークロア」を、映像インスタレーションによって表現している。
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矢代 真也(やしろ しんや)
SYYS LLC
矢代 真也(やしろ しんや)
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編集者。株式会社コルク、『WIRED』日本版編集部を経て2017年に独立。合同会社飛ぶ教室の創業に参画し、マンガ編集・原作、書籍編集、リサーチ・ブランディングなどを手がける。19年にSYYS LLCを創業、20年には京都にも拠点を構える。
- サイトを見る: https://syy.sh/
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