メタバースにおける体験設計とは、ゲームのような想像力や独創性を発揮する場であると同時に、建築のようにディテールを追求しながら空間をデザインする態度が求められるものでもある。現実空間のようでありつつも「手触り」のないバーチャルな世界で豊かな体験を生み出すためには、さまざまな領域の知識が重要となってくるはずだ。
メタバースにおけるデザインの現場で、UI / UXの価値はどのように考えられているのだろうか? 日本発メタバースプラットフォームのトップランナー「cluster」を手掛けるクラスター株式会社でアートディレクターを務める渡辺博孝に、clusterのバーチャル空間「ワールド」で話を聞いた。
メタバースのUI / UXデザインは、いかにユーザーの「安心」をつくるかが重要
―メタバースプラットフォームにおけるアートディレクターがどんな役割を担っているのか、これまで注目される機会は少なかったように思います。渡辺さんは日頃どんなお仕事をされていて、デザインについてはどんなことを意識されているのでしょうか?
渡辺:現在はclusterのUI / UXデザインを中心に、マーケティング分野の制作物も手掛けています。メタバースというと現実空間ではありえないような建築物やフィクションのような世界を想起されがちですが、現実世界と同様に安全性を担保することが重要だと思っています。たくさんの人が集まれる空間とは、熱狂を生み出せるものであると同時に、人が不安を感じうる空間でもある。だからこそ人が安心して集まれる空間をつくることが大事なんです。
―人が安心できる空間をつくるために、具体的にはどんなことをされているのでしょうか。
渡辺:たとえば2022年行なったclusterのアバター展示即売会『アバターマーケット』では、たくさんの人が集まってもアイテムを見やすくなるような工夫を施したり、人が少なくても寂しく見えないような空間をつくるよう心がけたりしました。最近だとハロウィーンやクリスマスのように現実の季節と紐づけたイベントを行ない、親しみやすさを感じさせることで安心感を生み出そうとしています。
―メタバースはゲーム空間と似たようなものととらえられることもあります。渡辺さんは以前ゲームのデザインを手がけられていましたが、メタバースとゲームとではつくるときに意識するポイントも異なりそうですね。
渡辺:ゲームの場合はユーザーとゲーム内のキャラクターの対話を想定するのですが、clusterのように不特定多数の人々が集まる空間では第三者の目線も意識する必要があります。
ユーザーはメタバースの世界を見る主体であると同時に、第三者から見られる存在でもある。複数の視点を意識しながら体験を設計する必要があるんです。それにメタバースの場合はユーザーが使うアバターのサイズも多種多様なので、どんなユーザーにも対応できるようカメラの位置や鏡のようなオブジェクトの映り具合を調整するなど、ある種実際の建築をつくるときのような視点が求められることもありますね。
―UI/UXを検討するなかでは、どんなものを参照したりリサーチされたりするものなんでしょうか?
渡辺:ほかのサービスやゲームから学ぶことも多いですね。ただ、あるゲームが優れた体験を生んでいるからといって、そのUI / UXをそのままclusterのような空間へ適用できるわけではありません。
たとえばゲームの領域ではしばしばディレクターがつくりあげた確固たる世界観に沿ってUI / UXをデザインしていくことがよしとされますが、メタバースの場合は誰もが受け入れることのできる世界をつくらなければいけません。強いこだわりがあって好き嫌いが分かれるようなものというより、多くの人になじむようなデザインを提案する必要があるんです。
─先ほど「実際の建築をつくるときのような視点が求められることもある」とおっしゃっていましたが、現実の建築物や都市空間からもインスピレーションを受けていますか?
渡辺:はい、近代の巨大建築や再開発された街などを見に行く機会を増やしているのですが、そのとき体験した驚きや感動、発見をよく言語化するようにしてバーチャル空間のデザインに活かしています。
というのも、バーチャル空間はスケールの融通が利きやすいため、広い空間に遭遇することが多いです。天井の高さや床の広さといった空間デザインや、想定される人数の規模、それによってもたらされるユーザー体験はどのようなものがよいかは、コンテキスト含めて現実空間での体験をデザインに昇華するようにしています。
デバイスの進化に期待、メタバースにおける触覚の価値
―メタバースではリアルな体験が追い求められる一方で、視覚・聴覚の体験が中心となっており触覚を再現することが難しいと言われます。渡辺さんは触覚の価値をどうとらえられていますか?
渡辺:VRのようなテクノロジーは視覚・聴覚に関わるもので触覚とは関係ないと思われる方もいるかもしれませんが、視覚的なデザインを考えるうえで触覚を意識することは少なくありません。
なかでもテクスチャーは触覚と強くつながっています。たとえば濃いめの緑色の湯呑みにざらざらとしたテクスチャーを配することで、ユーザーは実際に焼き物の湯呑みでお茶を飲んでいる体験を想起しやすくなりますし、抽象的なオブジェクトに関しても、メタリックなテクスチャーで覆われていれば近未来的な世界観を想起しやすくなるでしょう。実際に私たちが触れられないものであっても、触る感覚をデザインすることは可能なんです。
―テクスチャーという視覚的な要素が触覚を発動させるというのは面白いですね。
渡辺:見た目に限らず、ハプティクス(触覚)フィードバックのような技術を使うことで豊かな体験を生み出すことができます。デバイスから振動のようなフィードバックを行なうことで、メタバースのなかで何をやっているか意識しやすくなるわけです。現実世界と同じように、自分と外部のインタラクションを設計することで体験の質も変わっていくんですよね。
今後もデバイスが進化していくことを考えると、バーチャル空間だからこそ触覚という感覚も重要になっていくのではないかと思います。
―今後は、クリエイターの方々が空間をつくっていくうえでも触感を意識する必要が高まっていくのかもしれません。
渡辺:クリエイターが自身の想像したものを空間へダイレクトに反映させていくとき、やはり触感や質感は重要ですね。たとえば柔らかいものは触れる前から柔らかいことが伝わるほうがよいので、柔らかい壁に近づいたらちょっとした振動で壁も揺れるようになるとか。技術的にはすでに再現可能なんですが、今後はもっとリアルかつ簡単にシミュレートできるようになってくるはずです。
技術的な負荷を気にせずにクリエイターの方々のアイデアを実現できるようになってくると、もっと面白い空間が増えていきそうですね。
―触感を意識することで空間がよりリアルになる一方で、メタバースのような空間ではマンガの世界のようにむしろ現実には存在しない質感の世界も増えていくように思われます。質感の多様性は、メタバースの体験にどのような影響を及ぼすものでしょうか?
渡辺:現実空間にはないものを生み出せることこそ、メタバースの醍醐味だと感じます。私自身、実際にユーザーの方々がつくった空間を見て驚かされることも少なくありません。普通に考えたら大きくしないようなものが巨大化して配置されていたり、単にリアリティーや整合性を追求するだけでは生まれないようなアプローチが生まれているのが面白くて。
たしかにゲームのように完成度が高く細部までつくりこまれた空間も魅力的ではあるのですが、独自のぶっ飛んだ発想が見られる空間にメタバースならではの魅力を感じてしまいます。
足し算ではなく引き算を意識しながらデザイン。多様な文化が入り交じる場に
―現在も急速にテクノロジーの発展は進んでいますが、今後現実空間で過ごしているのと同じようなレベルの没入体験を生み出すことも可能になると思われますか?
渡辺:現時点の技術では、映画『レディ・プレイヤー1』の「オアシス」ような超高精度な仮想空間は実現できないと思っています。たとえば、データ量の問題が挙げられます。よりリアルな表現を追求すればするほどデータの量が増えていきますし、アクセス数が増えれば増えるほどネットワークの負荷も高まっていくため、通信技術のさらなる進化が求められていくでしょう。
そのためclusterではデータや情報量を増やすのではなく、むしろ軽くすることで快適なプレイな実現を進めています。足し算ではなく引き算を意識しながらデザインしているんです。ただ、「Unreal Engine」のコア技術「Nanite」が高速かつ効率的なレンダリングを実現したことが話題になったように、ソフトウェア部分の進化は日々急速に進んでいます。メタバースそのものの拡張性や没入性は今後もどんどん高まっていくはずです。
―clusterはバーチャル経済圏のインフラを目指すことを目標に掲げていますが、こうした空間がインフラとして機能するようになると私たちの日常生活も変わっていきそうです。
渡辺:メタバースにおける心理的安全性の問題も、そんな変化と関わっています。バーチャル空間は一部の人が使う特殊なものだと思われることもありますが、ユーザーのなかにはすでにメタバースが日常の延長線上にある人も少なくありません。だからこそ、今後は安全性を高めることがより一層問われてくるように思います。
たとえばユーザーとユーザーが密着しすぎないようにするとか、なにかアクセサリーや装備品を変えるといった処理中の動きがほかのユーザーから変に見られないようにするとか、現在も細かな部分への配慮を重ねています。
clusterの公式PV「OPEN YOUR WORLD」
―メタバースは可変的で、つねにアップデートできることがその醍醐味とも言えそうです。今後メタバースはどのように進化していくと思われますか?
渡辺:現時点ではまだまだある程度の知識や経験がないとつくることができない領域も多いのですが、今後テクノロジーの発展によってクリエイターになることがより簡単になっていくと思います。仮に全人類がメタバース上でクリエイターになれるとしたら想像もつかない世界が生まれるでしょう。
clusterとしてもユーザーの方々へ寄り添いながら唯一無二の体験を提供できるようになっていきたいですね。 ユーザーを見てみても、漫画家さんのようなクリエイターやゲーム業界の方々などさまざまな方が集まる場がつくられていますし、今後は建築領域のデザイナーも増えていくかもしれません。異なる文化が入り混じって、いまよりもさらに多様でクリエイティブな場所になっていくと良いなと思っています。
ゲストプロフィール
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渡辺博孝(わたなべひろゆき)
渡辺博孝(わたなべひろゆき)
クラスター株式会社 プラットフォーム事業部 Design Team アートディレクター。映像関連からキャリアをスタートし、CG制作会社や日本テレビ放送網を経て、憧れだったゲーム業界へ飛び込む。ソーシャルゲームの運用から新規タイトルのグロースに10本以上のタイトルにUIデザイン、演出、アートディレクションと深くかかわる。その後VRゲームへ関わることができ、2年の運用で結果を出したのち2021年からClusterにジョイン。 プロモーションへ関わり、 現在はUI設計からレギュレーション、デザインコンセプトを策定したりプロダクトをよりよいものへ昇華できるよう従事。
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石神俊大
ライター
石神俊大
ライター
1989年生まれ。東京大学卒業後、広告制作会社での勤務を経て、『WIRED』⽇本版編集部に参画。雑誌・ウェブ記事制作、イベント企画・運営、海外ツアー企画・帯同を担当する。2017年に独立し、『STUDIO VOICE』や『VOGUE』日本版、『BRUTUS』『Quick Japan』など各種雑誌・ウェブメディアの編集に携わり、2019年にMOTEを創業。アジアのユースカルチャーや建築・都市、テックなどを主なフィールドとしながら、企業のコンテンツ制作やリサーチなどを行なっている。
- MOTE: https://motesl.im/
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