北欧発デザインカンファレンス『Design Matters』が考える、デジタルデザインと社会の関わり

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    視点を変える

コペンハーゲンを拠点に活動を展開する、デジタルデザイナーによるデザイナーのためのグローバルカンファレンス『Design Matters』。2015年にスタートし、現在では毎年1,000人以上の参加者が、デザインの流行や動勢、そしてあるべきモラルについての再考と言説を重ね合い、意見を交換する場となっている。2020年からはデンマーク国外にも開催地を広げ、東京やメキシコシティでも実施されている。

今回は共同創設者のミカエル・クリスティアンセン(Michael Christiansen)にインタビューし、同カンファレンスを始めた背景や経緯、かつ今日の欧米のデジタルデザイナーが何を考え、どのようにデザインに取り組んでいるのかを聞いた。

ミカエル・クリスティアンセン

毎年1,000人以上のUI・UXデザイナーらが集う一大イベントは、どのように生まれたのか

─『Design Matters』はいまや1,000人以上が参加する、デザインシーンにとっての一大イベントになっていますが、もともとミカエルさんが始めたきっかけ、理由は何だったのでしょうか。

ミカエル:きっかけの一つは、私自身がデザイナーとして働くなかで感じていた疲弊、あるいは違和感でした。私は1990年代後半に大学を卒業したのですが、当時はインターネットが世に出始め、ビジネスの世界でも広がりつつあった時期です。

大学の専門は歴史と社会学でしたが、それでもウェブの世界が秘めている可能性について興味があり、最初はインターネットを活用したソリューションサービスの会社に就職し、そこから徐々に独学でウェブデザインを学びました。当時、ウェブデザインはまだ大学で学べるようなものではなかったんです。

その後、自分で起業をしたり、ウェブ制作の現場に携わったりしていましたが、インターネットが世に普及していくなかで、デザイナーとしての自分の役割がコマーシャルになっていく感覚がありました。クライアントと接し、何をどのように構築するのかを話していると、どこか自分自身がデザインそのものから離れていっているような気がしたんです。同時にインターネットそのものもコマーシャルになり過ぎているように感じていました。そのような商業的な仕事から少し距離を置き、デザイン界におけるいろいろな考えに触れてみたいという思いをもあって、2012年にいまの『Design Matters』につながる、デジタルトランスフォーメーションに関するカンファレンスを開催しました。

2019年にコペンハーゲンで行なわれた『Design Matters 19』の様子

─最初のカンファレンスはどういう内容だったのでしょう。

ミカエル:まずは、私たちが尊敬する、上の世代のアプリケーション開発やウェブデザインに従事する人々の話を聞くというのが目的でした。彼らがどんなことを考え、どんな問題意識を持ちながらプログラミングをし、デザインをしていたのかを聞いてみたかったのです。

いざ開催してみると、そうしたカンファレンスに興味を持っているデザイナーたちが意外と多いということを知りました。ローカルな、つまりデンマークにいるデザイナーだけではなく、全世界的にデザイナーがそのような場に関心を持っていることに気づき、2015年から『Design Matters』としてスタートさせました。

2016年、2回目の『Design Matters』の会場風景

自分のつくったデザインが悪用されることへの危機感が高まっている

─カンファレンスでは近年ウェルビーイングや環境問題などをテーマに取り上げ、それは『Design Matters』が単なるデザインのノウハウを提供するだけではなく、デザイナーの社会的な役割やモラルを考えるための場を提供しているようにも感じさせます。

ミカエル:そのようなイシューを意識するようになったきっかけがあったとしたら、それは2016年に開催した、2回目のカンファレンスのあとだと思います。ある人から目が覚めるようなフィードバックがあったんです。

「やっていることは面白いけれど、あなたたちはジェンダーバランスをどう考えているの?」と言われました。振り返ってみると、たしかにカンファレンスのスピーカーの70%、もしかすると80%は男性だったんです。

そこに気がついたとき、このようなカンファレンスは、ただ自分たちの興味関心を満たすためだけにやっていいわけではなく、大きな社会的責任を負うのだ、ということを実感しました。

─具体的に、第3回目の開催からは、どのような調整を加えたのですか?

ミカエル:自分たち以外の複数の視点を入れる、ということを意識しました。それまで私たち主催者サイドの関心に基づいてオーガナイズしていたことを反省し、過去2回のカンファレンスに関わってくださったスピーカーの方々にもコミッティーとしての参加をお願いしました。そうすることで、現在進行形で活動しているデザイナーたちが抱えている問題意識、課題感が私たちにも見えてきたんです。

例えば「自分がつくったデザインが、何か悪いことに使われているのではないか?」という懸念や疑問です。デザイン──特にデジタルデザインは、ときに社会に大きな影響をもたらすパワフルな道具にもなり得ます。テクノロジーの善悪の二面性を考えたとき、グローバルなフィールドに立っているデザイナーはどこを目指せば良いのか。社会をより良くするため、デザイナーにはどんな役割があり得るのか。3回目の開催から、そういった課題意識を共有するための場としても機能し始めたと思います。

昨年の『Design Matters』の様子

─そうしたウェブ領域におけるデザイナーの問題意識というのは、国際的なカンファレンスを開催する立場から見て、世代的あるいは地理的な違い、特色があると感じますか?

ミカエル:まず前提として、私たちはあくまでも西欧社会におけるデザインに軸足があるということは言い添えておきますが、やはりサンフランシスコ周辺、シリコンバレーにあるテックカンパニーの界隈では、デザインやテクノロジーが社会でどのように使われるかということに対する問題意識が顕著ではないかと感じます。

ただ、私たちはさまざまな地域でカンファレンスを開催してきましたが、その場所によって会話の内容は違いますし、課題や問題意識も多様です。そのことは、私たちの耳目に触れてきた会話や議論の内容があくまでも西欧を中心にしたものだったと意識するきっかけになりました。問題意識の有無それ自体については、地域や世代によって異なることはないと思います。

『Design Matters』はウェブサイトのビジュアルアイデンティティーとあわせて毎年会場を変えている。昨年は海沿いのイベントスペースで行なわれた

AIやメタバースの普及。これからのデザイナーの役割はどうなる?

─テックビジネスの話が出ましたが、そうした世界では、時として組織などが定めた、数値化された指標が支配的になりがちです。そのような場においてデザイナーやクリエイターが自分自身の立場を守ること、個人の考えをプレゼンテーションするには、どうしたら良いと考えますか?

ミカエル:たしかにどこかの企業に雇用されていたら、デザイナーが1人の人間として個人の考えを明確にするのは困難なことかもしれません。しかし、そうだとしても自分の立場を表明すること、何か問題があれば声を上げること、自分の仕事が社会にどのような影響を及ぼすかに想像を巡らすことは大切なことではないでしょうか。逆に、そうしないと自分の仕事について後悔することになったり、それによって自分自身が壊れてしまったりすることにつながりかねません。

そうならないための防止策には、いくつかのステップがあると思いますが、まずは「つねに自分に問いかけること」が必要だと思います。自分のしている仕事の意味や、その仕事にまつわる責任を把握するためです。そしてさらに言えば、どのデザイナーもターゲットを持つと思いますが、誰に向けた仕事であるのか、そのターゲットをより深く知るための時間を惜しまないこと。これは特に大切だと思います。

9月に行なわれる『Design Matters 23』のテーマ

─北欧でその反対の側面、つまりテックとデザインがうまく調和した成功例というのは、何かありますか?

ミカエル:われわれのカンファレンスでも発表してもらったKHORAというデンマークの会社は、ご紹介するのに良い例かもしれません。

ヘルスケアの領域の事業を展開していますが、カンファレンスで発表してもらったのは、統合失調症の方が見聞きしている世界をVR上で体験できるようにデザインする、というものでした。医師やセラピスト、カウンセラーはそれを用い、治療にあたるわけですが、これはテクノロジーが広く使われることの可能性という意味で、とてもいい例だと思います。

KHORAはデンマークのVR・AR制作スタジオ。VRを用いて、統合失調症患者の幻聴治療に役立つツールを制作した

─もし今後AIやメタバースが当たり前になった世界が来たとして、デザインやデザイナーはどのような役割を担うと思いますか? そうした世界ではデジタルデザインをAIが担うようになるかもしれません。

ミカエル:難しい質問ですが、AIがデザインをすべて引き継ぐことはないのではないかと考えています。AIは私たちがより速く動いたり、より多くのことを成し遂げたりすることを補助するツールにはなると思います。誰もがある程度見栄えのするデザインをパッとつくれるようになった現在、デザイナーの役割が変わっていくことは間違いないでしょう。ある意味、デザイナーを人類にとってのより良い解決策を生み出す存在だというふうに考えたら、デザイナーの役割はさらに重要になると思います。

場所やネットワークに恵まれ、「孤立化したバブル」になるのを避けるには?

─先ほど「非西欧圏でカンファレンスを開催することは意義がある」というようなお話があったと思いますが、例えば初の国外開催となった東京でのカンファレンスでは、何か発見や収穫がありましたか?

ミカエル:じつは事前のリサーチも兼ねて、2020年の開催前に東京を訪れていたのですが、そのときにいろいろなデザイナーと話をする機会に恵まれました。現地で得た印象としては、日本のデザインシーンがどちらかというと内向きであり、なかには世界とのつながりを感じづらいデザイナーもいるのではないか、ということでした。

一方で世界のデザインを志望する人たちは日本に行きたがっているし、日本に対する関心はすごく高いんです。それはなぜかというと、日本には伝統的にたくさん素晴らしいプロダクトが生まれているレガシーがある。同時に日本は外から見るとカオティックで複雑でもあり、実際に行ってみないと理解できない、そうしてでも理解したいと思わせる魅力があります。

日本もまた世界から注目されている、世界のデザインシーンの一部である、という意識がもっと広がるとよいのではないかと思いました。

昨年行なわれた『Design Matters Tokyo 22』の様子

─今年はふたたび東京での開催も控えていますが、最後に『Design Matters』の今後の展望について教えてください。

ミカエル:『Design Matters』が始まった当初、私たちにとっての最大の社会的課題は、他の多くのデザインカンファレンスと同様に、世界の裕福な地域を代表するデザイナーのあいだのみで会話が交わされていることでした。私たちは、このようなことを望んでいませんでしたし、いまも望んでいません。私たちが望んでいるのは一部の欧米の国々だけでなく、グローバルな会話を促進することなのです。

そのため、私たちは別の方向に進むことにしました。2020年には東京で、そして2023年にはメキシコシティでカンファレンスを開催するようになりましたが、今後は、アフリカやインドでも開催できるよう、拡大していきたいと考えています。

メキシコでは2023年に初開催された

ミカエル:さらに、私たちが直面しているもうひとつの問題は「バブルにとらわれる」リスクです。これは私たちが場所やネットワークに恵まれているせいで、世界の本当の問題や課題を見ることができないということです。

私たちはそのような「バブルに陥る」ことを避けるために、世界中のコミュニティーと密接に連携することを心がけています。その地域やコミュニティーで何が関係しているのか、どんな問題に直面しているのか、どんなトレンドが生まれているのか、つねに問いかけています。

また過去に登壇された方々に素晴らしいコミュニティー活動をしていただいることは、各カンファレンスのテーマ設定に役立っています。このようなことによって私たちは「孤立したバブル」にとらわれないでいられると確信しています。

イベント情報

  • 『Design Matters』

    『Design Matters』

    コペンハーゲンを拠点にした、デザイナーのための、デザイナーによる、デジタルデザインに関する国際カンファレンス。人々が出会い、アイデアを共有し、経験を議論するための場となっている。デジタルデザイン、テクノロジー、アート、社会に対する意欲と情熱を共有する、クリエイティブで好奇心旺盛な人々の知識豊富なコミュニティーを巻き込みながら活動を続けている。

ゲストプロフィール

  • ミカエル・クリスティアンセン

    ミカエル・クリスティアンセン

    『Design Matters』の共同設立者。歴史学と社会学のバックグラウンドを持つ。1990年代半ばにデンマークのロスキレ大学を卒業した後、当時開花したばかりのインターネット業界で働き始め、電子政府および電子商取引ソリューションの設計に重点を置くようになった。その後、2000年に代理店を立ち上げ、デンマークのさまざまな大企業のウェブプレゼンスをよりプロフェッショナルなものにするサポートを行なう。2012年、コンサルタント業界を離れ、会員制組織のデジタル・トランスフォーメーションに関する教育カンファレンスの開催を開始したのが大きな転機となった。2014年には初のデザインカンファレンスを開催。その直後に『Design Matters』を設立し、現在まで10年近く活動の主軸としている。

Co-created by

  • 奥岡信蔵

    ライター

    奥岡信蔵

    ライター

    1992年東京都生まれ。大学の専攻はインド哲学。美術雑誌および神社専門誌の副編集長をつとめた後、スタートアップ企業の執行役員として事業設計、プロダクト開発、コンテンツ・マネジメント等に携わる。現在は独立し文案業を営む。

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