『フードテック革命』共著者・岡田亜希子が考える、10年後の「食の未来シナリオ」5選

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連載「未来を予測するための道標」は、各界の識者に近未来を想像するための5つの作品やプロジェクトを紹介していただき、これからを歩むための手がかりを探すコラム企画。

今回、執筆いただいたのは、Research/Insight Specialistの岡田亜希子さん。グローバルフードテックサミットである『SKS JAPAN』の創設や、フードテックイノベーターのコミュニティー構築に携わってきた。『フードテック革命』の共著者である岡田さんに、10年後の食生活の進化予測を5つ挙げていただいた。

ハーバードの人類学者で霊長類学が専門のリチャード・ランガムが著した『火の賜物- ヒトは料理で進化した』によれば、人類と類人猿を分けたのは料理の発見であったという。加熱調理することで栄養吸収が効率的となった。人は魚を求めて舟を発明し、動物を「家畜」する技を覚え、「酪農」を生み出し動物を殺すことなく動物性タンパク質を得る方法を編み出した。一方、ジャーナリストのマイケル・ポーラン著『人間は料理をする」で書かれていたのは、料理が社会の発達ももたらしたということだ。人類は決まった時間に決まった場所で集団で食事をするようになり、社会性が育まれていった。人類の歴史は「食✕テクノロジーの歴史」そのものと言うこともできるかもしれない。

現代において、「食」はどのように進化しているだろうか。その方向性として、大きく2つ挙げられるだろう。1つは食に起因する社会課題を解決しなければならないことだ。食は環境問題や健康問題と密接に関わる。私たちの「食の選択」が、地球のウェルビーイングも人間のウェルビーイングも左右する。日本の食料自給率の低さや人手不足は喫緊解決しなければならない課題だ。もう1つの方向性は食の多様な価値を開放することだ。食は食欲を満たすことに留まらない。食を通じて私たちは社会を築いている。料理を発見した私たちの先祖がそうであったように、現代の私たちも「同じ釜の飯」で絆をつくる。食を通じて創造性を育み、食を通じて知的好奇心を満たしている。

こうした食の進化の方向性とテクノロジーの進化を鑑みたとき、10年後の私たちはどんな食生活を送っているのか。本稿ではフードシステム、食糧自給、健康、創造性、食文化などを切り口として、食の未来シナリオをご紹介する。

Personalization 3.0の世界

「2034年夏のある朝6時。1日の始まりはスマートフォンでの体調チェック。睡眠スコアOK、身体の栄養素バランスは70点。睡眠トラッカー、スマートトイレのスコアも悪くない。キッチンにあるタブレットには、まるでネットフリックスが好みの映画を提案してくれるように、今日のお勧め食材と運動メニューが表示される。以前はお勧めメニューの料理を冷凍でデリバリーしてもらっていたが、今では食材さえ教えてもらえれば、その日の気分とこだわりに合わせて自分で料理できるようになった。やはり自分でつくると、より美味しく感じる。明日朝の栄養バランスは80点を目指していこう……」

こんな日常が10年後には訪れているかもしれない。

今後10年ほどでスマートウォッチや家庭用のトイレなど、リアルタイムで生体データを計測できる手段が増え、個々人が自身のコンディションを常に把握できる時代になる。必然的に、人はコンディションを改善しようと、食事、運動、睡眠を最適化していこうとする。「糖質制限」や「減塩」など、誰もが同じ効能を信じて食事をとる時代は終わり、自身にとって何をどう食べることが健康につながるのか、スコアの変動を見ながら最適な食品やサプリをとることが当たり前となる。

なんとなく身体に良いと信じて食べる「Personalization 1.0」から進化し、確実に効果があるかどうかまで見据える「Personalization 2.0」の時代はすぐやってくるだろう。しかし、食事の指示が飛び続ける日々は食事を選ぶ自由度を奪う。人々はその機能的な便利さとスコアというわかりやすい指標を追うことに、しんどさを覚え始める。食材、レシピにはどんな知恵が詰まっているのか、どんな土で育ち、どんな海で育ってきたのか。私の身体、私の心には何が必要なのか。一人ひとりの価値観、生きざま、嗜好性まで重ねて個々人向けに最適化していくようなサービスが「Personalization 3.0」として広がっていくだろう。

「Micro Food System」による多様な食体験

「今週のカフェラテは、都内植物工場の大豆を使ったソイラテとしてご提供しております」。2033年、何気なく立ち寄った大規模外資系カフェチェーンでは、週単位でミルクの種類が変わる。10年後のチェーン店はめまぐるしくメニューが変わることが当たり前になっているかもしれない。

20世紀は、ファストフードやカフェチェーンに代表されるように、グローバル規模でサプライチェーンを整え、世界中で同じ食べ物、同じ飲み物を提供する時代だった。アメリカでもシンガポールでもフランスでも、マクドナルドに行けばほぼ同じメニューが提供される。食べ慣れた味にどこの国からの訪問客でもホッとするものだ。しかし、そんなグローバル規模で大量生産・大量消費する今日のフードシステムは、じつは非常に脆弱だ。環境への負荷も高く、これ以上維持することは難しい。今後は、循環型経済圏が実装され、地域圏単位でサービス提供されるようになるだろう。つまり、大型チェーン店も地域ごとに生産者との関係性を強め、その時々の食材の旬や需給バランスによって、当日のメニューがどんどん変化していく「Micro Food System」が日常となる。

Urbanizationによる東京野菜の勃興

働く場所の自由度が増す時代。2033年、オフィスに行く理由は、野菜の収穫かもしれない。「今日は日本橋オフィスの都市農園に植えたトマトの糖度がいい感じになっているから、収穫してそこでランチしようよ」と同僚から誘われる。IoTで管理された都市農園は、日単位で収穫時期が分かる仕組み。水やりや肥料などのケアは社員が交代で行なう。そんなことがデジタルによって楽しく簡単にできるようになる。特に都市圏において企業がなんらか野菜の生産に関わることが、向こう10年でどんどん増えていくだろう。

その理由はこうだ。気候変動による気温上昇や豪雨などにより、国内の農・水産・畜産それぞれの収穫量は減少。農業従事者は高齢化する。食糧確保を輸入に頼り続けてきたなかで、政府がついに動き出し、フードロス対策やアップサイクルによる食糧確保が奨励されるようになる。また、都市においても植物工場や、高さのあるビル、オフィス、ベランダ、広場などあらゆる場所において、栽培テクノロジーを駆使した都市農園や食糧生産が進み、冷凍・冷蔵など食糧保存技術も社会実装される。Urbanizationによって東京育ちの野菜がスーパーにずらりと並ぶ。都市の食糧自給率アップは夢ではない。

Creativesがつくる五感Hackな食

生成AIの進化が、加工食品の商品開発の手法を大きく変えうる。かつてはプロしか動画をつくることができず、テレビ放送に載せなければ見ることもできなかった。今では誰もが動画を撮影し、編集し、アップロードし、マネタイズできる仕組みが整っている。これが食品でも実現することはあるだろうか。

今後10年で、食品企業やシェフのような専門家でなくても、あらゆるクリエイティブ人材(=Creatives)が食品開発に関わったり、メニュー開発に参画したりすることが容易になっていく。3Dフードプリンターの進化で、インテリアデザイナーやファッションデザイナーが食品をデザインするかもしれない。3Dフードプリンターが街のいたるところにあって、誰もが自由に使えるインフラになるかもしれない。一個人で自分だけの食品をつくることもできるだろう。

また脳科学の進化によって、食がもたらす「体験設計」の幅がさらに広がる。より具体的な「効能」「味」を想定した食も設計できるようになる。例えば、食品の見た目をピンクにすれば、脳がより甘さを感じる作用を利用して、カロリーを減らしながら甘味もしっかり楽しめる食品がつくられる。食事をとる際に聴く音楽で効能がより強くなる、など五感で効果を最大化するような食体験がどんどん日常に実装されていくだろう。

Regenerativeな食としての和食

外国人に大人気のラーメン。日本を訪れる理由の1つになるほどだ。おそらくラーメンに魅了される理由は、背徳的ともいえるその味にあるのだろう。しかし10年後のラーメンは別の側面に注目が集まっているかもしれない。

2020年代に勃興した世界的なビーガンブーム。動物愛護やプロテイン危機の状況から、「動物性食品」をやめようという気運が高まり、「代替肉」「代替卵」「代替乳」が次々と開発された。しかし、新食材開発のために使われる数々の人工的な添加物や細胞培養、遺伝子編集といったバイオ技術は、一般市民にとっては理解が難しく、科学への不信もあり、たとえそれが環境にやさしくとも普及には躊躇が見られた。さらに「Personalization 3.0」の広がりにより食が超個別化し、人と人とをつなげる役割を担ってきたはずの食が、分断を生むこととなっていくだろう。

一方、過去に肉食が許されなかった時代があり、精進料理の文化をもつ日本。現代では色々な食材をバランスよくとることに重きを置き、季節、自然を敬う和食は、ある種包摂的でRegenerativeな食と捉えられる。2033年は食の分断の時代として、改めて注目が集まっているかもしれない。10年後のラーメンは、完全栄養麺や未利用素材を使って栄養価を高めたアップサイクル麺、発酵や燻製などを駆使し豚や鰹など余すところなく使って生み出される出汁、多様な味の選択を可能にする調理ロボティクスの普及によって、味だけではなくRegenerativeな食としての価値がアンロックされているのではないだろうか。

ゲストプロフィール

  • 岡田 亜希子(おかだ あきこ)

    岡田 亜希子(おかだ あきこ)

    マッキンゼー・アンド・カンパニー等コンサルティング企業にて、Research/Insight Specialistとして従事。2017年以降、フードテック領域におけるエコシステム構築活動に関わる。グローバルフードテックサミットである「SKS JAPAN」創設およびその後の企画・運営に参画する他、フードテック関連のコミュニティー構築、インサイトの深化、情報発信などの活動に従事。共著書に『フードテック革命』(日経BP)。『フードテックの未来』(日経BP総研)監修。大阪大学大学院国際公共政策研究科修士課程修了

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  • 渡部康成

    ディレクター・アーティスト

    渡部康成

    ディレクター・アーティスト

    CM、PV、VI などの映像デザイン、ディレクションに加え、グラフィック等の印刷媒体の企画、制作、演出までトータルに行う映像作家。2D モーショングラフィックと3DCG の両方を扱い、キャッチーでポップな世界観の表現を得意としている。映像作品の他、個人のアートワークにも力を入れており、2021年には個展「LAYERED」を開催。

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