考古学の調査研究で三次元計測が積極的に導入されつつある。エジプト考古学者の河江肖剰も先端テクノロジ一を調査に取り入れる一人。ドローンを駆使しながらこれまでギザの三大ピラミッドなどの計測を実施してきた。
河江はテクノロジーを活用する一方で「人間の目線」で研究を続けたいという。その理由は? 調査で活用されている三次元計測の可能性と課題から、考古学という学問の魅力、さらには研究に対する向き合い方について聞いた。
エジプト考古学における三次元計測の現在
―エジプト考古学が専門で、調査研究にドローンや三次元計測といった新しい技術を積極的に導入している河江さん。いま私たちは先生の研究室にお邪魔していますが、この大きなピラミッドの図は一体なんでしょう?
河江:研究室の壁に貼っているのは、カフラー王の河岸神殿の実測図で、私の恩師である考古学者のマーク・レーナー先生が1970年代に制作したものです。
考古学は実際に計測する「実測」が重要な学問で、当時は手作業で実測し書き起こしていたんです。現在は三次元計測によって、それが高い精度でデジタルデータ化できるようになっています。
―とても細かく書かれていますね。こうした手作業による計測と三次元計測の大きな違いはなんでしょうか?
河江:手作業での計測や実測図の制作にはどうしても計測者の解釈が入るということです。また、発掘現場のすべてを描き取ることは当然できないので、発掘調査の目的に合わせて描く範囲を現場で決める一発勝負の側面が強い。
一方、三次元計測は人為的な解釈を含めない/含まないというのが大きな特色で、得られる情報量も圧倒的です。とりあえず計測しておいて、研究のプロセスのなかでこの箇所が重要だから断面図にしようだとか、AIを使って風化して砂をかぶった部分が混ざったピラミッドの石組みのかたち・構造を効率的に判別していくこともできます。
―三次元計測で明らかになったエジプトの謎を一つあげるとすると何でしょうか?
河江:たとえばクフ王の大ピラミッドの頂上部はこれまで正確なデータが採れなかったのですが、ドローン撮影を用いることで、たんに石を並べているのではなく、凸凹状の石をレゴブロックのように上下にはめこんでつくられているのがわかりました。
頂上部の一番外枠は水平にきちんと整えられていて、「裏貼り石」とわれわれが呼んでいる外側の構造の表面に、化粧板のような層がおそらく作業の最終段階で設置されて、きれいなピラミッドが完成した。
でもその内部はわりと粗く組み合わされていて、どうしても生じる隙間などには瓦礫や砂を積んで辻褄を合わせることで、全体を堅固なものにしていたんです。これまでもピラミッドのつくり方にはいくつかの説があったのですが、私たちの計測調査によって実際の構造が次第に明らかになっています。
技術進化の一方、20年間解決されない課題も
―ピラミッドには多くの謎がありますし、私たちのように詳しくない人からすれば、いまだに奴隷たちがむちで打たれながら大きな石を必死に運び上げていくイメージを持ってしまっているのですが、そういった想像を超えて、かなりのレベルで研究が進んでいるんですね。
河江:そうですね。オンゴーイングで解明されつつあるところです。
―河江さんも積極的にデジタル技術を活用されていると思いますが、やはり技術が発達した恩恵は大きいですか?
河江:たしかにそうなんですが、良し悪しもあります。可能な限り高い精度で計測してデータ化していくので、データ量が膨大になってしまう。データが重すぎるために、記録されたPCから気軽に移動させることができず、ネット上での共有も簡単ではありません。
デジタルであることの利点の一つは、遠く離れた相手にも共有できることですから、これははっきりマイナスなところです。この課題は、私がレーナー先生の調査に参加した2005年ごろから悩まされてきたことで、そこから20年近く経ってもクリアできていない。
とりあえず細かくデータを採っておいて、あと5年後には共有するためのプラットフォームができるはずだと言っていましたけど、年が経つほどに機材が進化してデータがどんどん重くなり、いまだ共有できていないんです(苦笑)。
「謎解き」こそが考古学の大切な仕事
―2013年にテレビ番組『世界ふしぎ発見』の取材に同行したことが、河江さんの研究を大きく進展するきっかけになったそうですね。技術の発展に加えて、放送メディアのような民間との協力、あるいは異分野の研究者との協働も重要でしょうか?
河江:『世界ふしぎ発見』では番組のクルーとともにクフ王の大ピラミッドに登る許可をいただくことができました。ピラミッド建造当時の大きさを知ることができたのは、われわれの工学チームとの協働によるものでした。
さきほど化粧板の話をしましたが、それが現在のピラミッドから剥がれ落ちたことはわかっても、玉ねぎの皮のように一枚だけ剥がれたのか、それともその内部にあった石組みと一緒に剥がれたのかは、考古学の知識だけではわかりません。
しかし、調査で得た三次元データをチームに渡すと、「中学校で習う『相似』を使えばすぐにわかる」という答えがすぐに返ってきたんです。それによって剥がれ落ちた化粧板の層は一枚だけだったこともわかりました。
―学際的な研究チームだからこそ得られた成果なんですね。
河江:そもそも考古学の現場自体が学際研究の場なんですよ。発掘現場から動物の骨が出てきても、われわれは専門家ではないのでそれがどんな生き物のどこの部分なのかはわかりません。ですから動物の専門家、植物の専門家……というふうに異分野の研究者が現場にいることはめずらしくないんです。
しかしそういった分野を超えた協働を結びつけるためには、デジタルデータの共有やアクセシビリティは必須になってきます。先ほどもお伝えしたように、かつては、その場でピラミッドや遺跡の形を即座に見ることはできず、データを持ち帰って、解析・組み立てることではじめて対象の全貌がわかっていました。
でもそれが、俯瞰した視覚情報ですぐに確認できるので、その便利さはとても大きいです。また画像データがあれば、三次元データでは判別できない石組みのディテールや材質も写真から確認できますからね。
―そうやってさまざまな情報で補い合いながら精度の高いデータをつくっていく。
河江:ただ、それを経たうえでの「謎解き」こそが考古学の大切な仕事です。もちろん記録することは重要ですが、ただ記録をとって後世に残すのであれば、それは博物館学です。
私たちのチームの課題は、ピラミッドの構造を現場検証的に知ることで、どう建てられたのかを解明すること。宇宙の生成であれば、最初にビッグバンがあったというのが基本のモデルになりますが、ピラミッド研究に関していえば、そういった標準モデルはいまだありません。それをつくっていくことが、私たちのチームの目的なんです。
「神の視点」に慣れてしまうことへ警鐘
―学際的な交流を経て、各自の専門性を活かしていくのがやはり面白く感じますし、これからの研究手法として可能性を感じます。
河江:ただ最近のように「学際研究」という単語が一人歩きして、それ自体が目的になっていくと、それはまずうまくいかないです。
まず目的として「知りたいこと」があり、それを求める過程で自分の限界を知り、そこで他の分野の人の知見や技術を借りるというのが重要で、学際研究をすることで何か新しいものが生み出されるんだという考えは本末転倒です。
それに、研究はやっぱり「熱意」ですからね。何かを知りたいとかがモチベーションであって、学際研究に熱意を燃やすってあんまりないですよね(笑)。
―手段と目的を取り違えてしまってはいけないと。
河江:もちろん、出会いは重要なんですよ。私自身もキャリアの要所要所で人や物に出会って前進することができましたから。高校を卒業してエジプトに渡った後に現地の旅行会社で働くようになり、その上司から奨学金を工面してもらって大学に進めたのは大きかったです。
またその上司が世界トップのエジプト考古学研究者を日本に招聘することになりレーナー先生に出会えたこと、そしてレーナー隊に入れたことでいまの自分があると思います。
隊の一員として活動するなかで出会った亀井宏行教授(東京工業大学名誉教授)の学際チームと協力してレーザー計測を行なったこともいまの研究手法につながっています。マスメディアと関わるようになり、ドローンを飛ばせるようになり、あるいは「ナショナルジオグラフィック」との関わりも持つようになり……そういったご縁に助けられてきたのは本当に大きい。
ーでも、それは熱意のある個人が集まったからこそ形成されたものなんですね。学際性のようなコミュニケーションが先にあるわけではなくて。
河江:コロナ禍でエジプトに行けなくなったこともあって、YouTubeやVRを使っての考古学のアピール、ピラミッドやエジプトに興味を持つ人を増やすことにも力を入れていますが、自分の気持ちはやはり現場にあります。
エジプトに住んでいたこともありますが、理想としては現場にいるのと研究室で研究や論文を書くのは1:1の比率でありたいと思っています。それこそデジタル上で考えているだけでは見えないものは膨大にあるんですよ。むしろ俯瞰的に見ること、神の視点に慣れてしまって見落とすものは多くあります。
そもそも古代人は上空から俯瞰してピラミッドを見るような視点を持ってなかったわけですからね。それを忘れてしまうと、三大ピラミッドの配置や構造にオカルト的な過剰な意味づけを見出してしまったりする。現場に立つこと、具体性を持つことが大事です。
「考古学の面白さは古代人と空間を共有できること」
―机上の論理で終わらせてはいけないと。
河江:「人間の目線」で研究し続けたいんです。考古学の一番の面白さって、時間は超えられなくても、空間は共有できることです。古代人が暮らしていたエジプトに現代の日本人だって行くことができる。
「三大ピラミッド」と呼ばれるクフ王、カフラー王、メンカウラー王のピラミッドは俯瞰して見ると斜めにぴったり一列に並んでいますが、それを当時暮らしていた人の多くは地上からそれを見ていた。そしてその構造は神殿の上から見た視点を基準につくられたのではないかとか。それは実際の空間を経験して初めてわかることだし、またそこから新しい謎も生まれてくる。
レーナー隊での経験でとても印象に残っているエピソードがあります。隊に入ってまだ数か月ぐらいのとき、クフ王のピラミッドの東側にある王妃のピラミッドのあたりで調査をしていたんです。その地形を見ていたら、突然レーナー先生が「What do you think?(どう思う?)」と私に聞くんですよ。
自分にはなんの知識もないから正直「わかんねえよ!」みたいな感じだったんですけど、ドイツ人の学生は少し考えて「この瓦礫はこっち方向から来ているんじゃないか」と自分の意見を言うんですね。それに対して先生も「いや、でもここはこうだから」と議論する。
そのやりとりを目の当たりにして、ここには古代の人たちの暮らしを検証するデータがごろごろ転がっていて、それをもとにして自分たちは自由に考えてもいいんだと思ったんです。4500年も前の痕跡が残っていて、それを解像度高く見ていく目と知識があれば、いろいろなものが見えてくる。その楽しさは、いまの研究にずっとつながっています。
YouTubeチャンネル「河江肖剰の古代エジプト」
―なるほど。
河江:iPhoneやパソコンを介してデジタルを使うことが生活の当たり前になっている時代ですから、強いてデジタルの特性を持ち上げる必要はないようにも思います。むしろ私は天邪鬼な性格なので、デジタルじゃない技術の方に興味が向かったりもしている(笑)。
ですから、考古学やピラミッドに興味を持ったなら、やっぱり現場に行ってほしいと思います。その経験から得られるものがあると思うので。私たちが公開しているさまざまなデータやYouTubeのコンテンツはあくまでも入口。
AIが進化するなかで考古学の分野でも研究や情報の真贋(しんがん)・信頼性は大きな問題になっていくと思いますから、最終的にはやっぱり人間の判断が必要です。かといって、デジタルと現実の経験を二分するのもちょっと違うように感じるので、技術と経験・熱意なんかがバランスよく融合したり、ときには引き離されたりしながら、考古学という学問のなかで関係しあってほしいと思います。
ゲストプロフィール
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河江肖剰(かわえゆきのり)
河江肖剰(かわえゆきのり)
1972年、兵庫県生まれ。名古屋大学 高等研究院 准教授。エジプトのカイロ・アメリカン大学エジプト学科卒業。1992年から2008年までエジプトのカイロに在住。現在は古代都市ピラミッド・タウンの発掘やドローンを用いた三大ピラミッドの3D計測に従事する。2016年米国ナショナルジオグラフィック協会より、「エマージング・エクスプローラー(新世代の探求者)」に選出。著書に『ピラミッド - 最新科学で古代遺跡の謎を解く』(新潮社)、『世界のピラミッド Wonderland』(グラフィック社)など。
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島貫泰介
ライター
島貫泰介
ライター
美術ライター / 編集者。1980年神奈川生まれ。京都・別府在住。『Tokyo Art Beat』『CINRA.NET』『美術手帖』などで執筆・編集・企画を行う。2019年には三枝愛(美術家)、捩子ぴじん(ダンサー)とコレクティブリサーチグループを結成。2021年よりチーム名を「禹歩」に変え、展示、上演、エディトリアルなど、多様なかたちでのリサーチとアウトプットを継続している。
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沼田学
写真家、餅つき研究家
沼田学
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魚市場と歌舞伎町と餅つきをこよなく愛する写真家、ムービーカメラマン。 写真集『築地魚河岸ブルース』。どこでも臼杵持って出張!餅つきサービス「もちはもちや」。
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