猛暑や豪雨などにより、地球温暖化問題が再認識される昨今の日本。そうしたなか、自然エネルギーを建物に取り入れる建築手法「パッシブデザイン」にも注目が集まっている。パッシブデザインは、地球環境への負荷を減らし、日々の光熱費削減にもつながるというが、具体的にわれわれの生活や建築はどう変わっていくのか?
長年パッシブデザインの研究を続ける千葉工業大学建築学科の金子尚志教授の監修のもと、解説していく。
パッシブデザインとは? 自然の力を活かす環境配慮型の建築
パッシブデザインとは?
「パッシブデザイン」とは、建築の設計手法の1つで、太陽の光や熱や風などの自然エネルギーを取り込み、空調など機械設備への依存を最小限にして快適な室内環境をつくり出す「受動的(パッシブ)」な設計手法。具体的には次のような設計が当てはまる。
- 太陽光や熱を効果的に取り入れる窓の配置
- 自然風を活用した換気システム
- 季節に応じた日射制御
- 建物の断熱性能の最適化
パッシブデザインの起源と日本での発展
パッシブデザインの起源はアメリカとされ、20世紀初頭の「パッシブソーラー」という太陽熱を活用する研究がきっかけとされている。「近代建築の三大巨匠」と呼ばれるアメリカの建築家、フランク・ロイド・ライトも採用し、以降、アメリカから欧州へと広がり、なかでもドイツでは先進的な研究が進められた。この流れから現代的なパッシブデザインの基盤が築き上げられていったといえる。
日本にもほぼ同じ時期に伝わり、四季のある気候に適応した日本独自のパッシブデザインが発展していった。たとえば、ドイツでは太陽熱利用の系譜を引き継ぎ、寒地型として冬をメインに考えたデザインがなされていたが、日本では自然エネルギーによって、夏と冬の両極端な気候をいかに快適に過ごすかという発想が広まった。
米国から始まったこの建築手法は、欧州や日本で洗練され、やがてパッシブデザインと呼ばれるようになり、世界各地で広く取り入れられる建築スタイルへと成長した。

パッシブデザインのメリットとデメリット
パッシブデザインの大きなメリットは光熱費を大幅に削減できること。「一般的な家と比べて、パッシブデザインの家は光熱費をどのくらい節約できるか?」という疑問がよく見られるが、金子教授によると、「前の世代の住宅と比較して、エネルギー消費は半分程度まで削減可能」とのこと。断熱性能を向上させ、自然エネルギーを取り入れる設計により実現可能となる。
たとえば、樹脂製の断熱性の高い窓サッシを採用することで、光熱費が削減される効果が得られる。建材費を導入する初期費用は高くなるが、長期的には、地球環境に負荷をかけない生活への投資ととらえる人も増えてきている。
パッシブデザインで重要な6つのキーワード
日本の場合、パッシブデザインの性能は冬と夏で異なる。ここでは冬と夏それぞれのポイントについて詳しく解説していく。
冬のキーワード
冬のパッシブデザインには、以下の3つの性能が重要。
1. 断熱・気密
室内の温かい空気を逃がさないよう、建物の断熱・気密性を高めることが不可欠。これにより冷気の侵入を防ぎ、室内の温度を効率的に維持できる。
2. 集熱
太陽エネルギーを室内に取り込む工夫。具体的には、南向きの大きな窓を設置することで、冬の日差しを長時間室内に届ける設計が理想的。
3. 蓄熱
太陽熱を効率よく貯めるには、石やレンガなど蓄熱性の高い建材が有効。昼間に蓄えた熱が夜間も持続し、室内が暖かく保たれる。
夏のキーワード
夏のパッシブデザインには次の3つの性能が求められる。
4. 通風・換気・排熱
日本の高温多湿な気候に対応するため、通風や換気によって室内の熱や湿気を効果的に排出するデザインが求められる。高湿度をうまくかわす工夫も重要。
5. 日射遮熱
庇(ひさし)や日よけを用いて、日射を遮ることで建物が熱を吸収するのを防ぐ。日本建築の特徴である庇のある設計が役立つ。
6. 蓄冷
夜間に気温が下がった際に換気を行ない、涼しい空気を室内に取り込むことで冷気を貯める。これにより、日中の暑さを和らげる効果が期待できる。
パッシブデザインを取り入れた日本と海外の建築
聴竹居(藤井厚二)
聴竹居(ちょうちくきょ)は、京都にあるパッシブデザインの代表的な建築。1928年に建築家の藤井厚二によって設計され、現在は竹中工務店が管理している。藤井氏が生涯で建てた5軒の自邸のなかでも名建築とされ、現代につながるパッシブデザインの思考を垣間見ることができる。
聴竹居の特徴的な設計要素が、庭に面して水平に連続した上中下の三層構造のガラス窓だ。一番下の窓に格子を設置することで、防犯性を確保しながら、夜間の自然換気を可能にしている。この工夫により、夏期は冷房に頼らず、夜間でも涼しい風を取り入れることができ、冬期は日射を確保する。日本の気候に適したパッシブデザインといえる。

「レマン湖畔の小さな家」(ル・コルビジェ)
「近代建築の三大巨匠」の1人であるル・コルビジェがスイスに建てた「レマン湖畔の小さな家」もパッシブデザインの考えを取り入れた建築といえる。ル・コルビジェが提唱した「近代建築の5原則」——「ピロティ」「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」「屋上庭園」——は、パッシブデザインの理念とも重なる。
この「小さな家」の特徴は屋上庭園だ。土と芝生を取り入れて断熱効果を高め、横長の連続窓によって光と風を取り込み、自然エネルギーを活用した住環境を実現している。

パッシブデザインに関連する設計手法
これまで、自然エネルギーを受け入れて快適な空間を実現するパッシブデザインの説明を行なってきたが、それに対して、最新技術や設備を能動的に取り入れて快適な空間を実現する、「アクティブデザイン」という建築手法もある。これは人工エネルギーを活用して快適さを維持する手法だ。
アクティブデザインとは?
パッシブデザインとアクティブデザインの違いは、「ヨット」と「水上バイク」の対比で考えると分かりやすい。
ヨットは、動力を持っていないため、風を読む力が必要で、こちらはパッシブデザインに似ている。一方、水上バイクは人工エネルギーを使うが、短時間で目的地に到着できるアクティブデザインに相当する。
どちらも目的地まで快適に到達できるが、快適さの質が異なり、相反する両者の良さを組み合わせながら、デザインすることが求められる。
パッシブ・アンド・レスポンシブデザインとは?
ここではさらに踏み込み、金子教授の研究テーマである、「パッシブ・アンド・レスポンシブデザイン” Passive and responsive design”」を紹介したい。
パッシブ・アンド・レスポンシブデザイン” Passive and responsive design”とは、自然エネルギーと地域資源を受容する「パッシブ」な設計に加え、人々の行動と建築が応答する「レスポンシブ」な要素を取り入れた、環境と人、双方向の関係を重視している考え。
建築はそれ単体で存在しているわけではなく、私たちの生活環境に溶け込んで初めて価値を発揮する。私たちの身体感覚を通して、「自然」を受け取り、そのエネルギーに応じて行動(レスポンシブ)することが、建築における新しい価値観となる。
たとえば、暑いときに窓を開け、寒いときに窓を閉めるという何気ない行動と、それを可能にする建築のデザインは、パッシブ・アンド・レスポンシブデザインの象徴的な例といえる。

レスポンシブ性と地域の景観配慮
レスポンシブデザインには、建築そのものが地域や環境に応答する側面もある。たとえば太陽光パネルを設置する際に、発電効率のみを重視して、景観を損ねてしまうのではなく、周囲の美観と調和したデザインを選択することもその一例といえる。
金子教授によれば、パッシブデザインの根本にあるのは「地球環境への負荷を減らし、建物として長く存在し続けること」。長く愛される建築は、結果的に環境負荷の軽減につながっていく。効率を追求するあまり、地域の景観を損ねる建築は、長期的に見れば愛されず、スクラップ・アンド・ビルドを繰り返すことになりかねないのだ。
さらに、パッシブ・アンド・レスポンシブデザインは、地域の文化や歴史を受容するエネルギーとしてとらえることもできる。それらを科学的に解釈し、建築に活かすことで、持続可能な住まいづくりを実現するのだ。これこそが金子教授の考える、環境と人、地域と建築が調和した未来のかたちである。
パッシブデザインの未来と理想像
パッシブデザインをさらに広めていくためには、地域や街全体でこの概念を取り入れることが重要である。その理想を具現化しているプロジェクトを、最後に3つ紹介したい。
「ベッドゼッド」(イギリス、ロンドン)

「ベッドゼッド(BedZED=Beddington Zero Energy Development)」は、イギリスにある環境配慮型の集合住宅プロジェクト。再生可能エネルギーを活用し、建材にはリサイクル素材を使用。日射を最大限取り入れる設計や断熱性能の向上でエネルギー消費を抑えている。また、自然換気や雨水利用を導入し、82戸の住環境の快適性と持続可能性を両立することに成功。
「マスダールシティ」(アラブ首長国連邦、マスダール)

アラブ首長国連邦に位置するマスダールシティは、カーボンニュートラルを目指した都市開発。伝統的なアラブ建築技術を応用し、日射遮蔽や風の流れを利用する設計が特徴だ。歩行者主体の都市計画と再生可能エネルギーの活用を推進し、未来的かつ持続可能な生活スタイルを実現するべく、現在施行中。2030年に完成予定。
「エデンプロジェクト」(シンガポール)
「エデンプロジェクト(EDEN Project)」は、シンガポールの高層住宅で、自然との共生を重視したデザインが魅力。外壁に緑化を施し、建物全体で自然換気を活用。熱帯気候に適応しつつ、エネルギー効率を高める設計が採用されている。都市の中心にいながら、持続可能なライフスタイルを提案する革新的なプロジェクトだ。

パッシブデザインは、建物や街全体が、その土地土地の自然環境と共生し、エネルギーを効率的に利用することで、環境負荷の少ない持続可能な生活を可能にする。パッシブデザインの取り組みは、まさに未来の建築と生活の理想像を示すものではないだろうか。
ゲストプロフィール
-
金子尚志
千葉工業大学建築学科教授、建築家
金子尚志
千葉工業大学建築学科教授、建築家
東京都立大学都市環境科学研究科博士後期課程修了。博士(工学)。環境・技術・身体とのレスポンシブな関係を切り開く建築、環境要素を建築デザインに反映したパッシブデザイン・バイオクライマティックデザイン、サステイナブルな社会を目指した建築・都市などの研究・設計を行なう。『設計のための建築環境学 みつける・つくるバイオクライマティックデザイン』(彰国社、共著)、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、BCS賞(パッシブタウン第1街区2020年)などを受賞。
Co-created by
-
尼崎洋平
編集者・ライター
尼崎洋平
編集者・ライター
大学卒業後、自動車専門誌で編集者としてのキャリアをスタート。その後、複数のメンズライフスタイル誌を経て、WEBエディターに転身。10数年にわたり、WEBメディアの編集長を経験した後、不動産企業の新規オウンドメディア事業に参画する。現在は、SEO記事から動画まで幅広いコンテンツに携わる、エディトリアルライターとして活動中。
Tag
Share
Discussion

Index
Index
Share
Discussion