空間、人、伝統文化におけるリアルとバーチャルの接続点を探る。『GEMINI Laboratory Meetup vol.1』レポート

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    視点を変える

    文脈を保管する

    空間を持ち運ぶ

デジタルとフィジカルを横断するサービスをプロトタイプするサロンが始動

2022年10月にキックオフした凸版印刷が手掛ける『GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)』は、イェール大学の計算機科学者であるデヴィッド・ゲランター氏が提唱し、雑誌『WIRED』創刊編集長のケヴィン・ケリーによってそのビジョンが広がった概念である「ミラーワールド」の未来を探り、多様なプレイヤーと共にフィジカルとデジタルが相互作用をもたらす新しい世界を共創するプロジェクト。これまでに、ミラーワールドにおける諸問題や、現実と仮想における空間や人の差異、その境界の曖昧さをテーマに展覧会やトークイベントを実施してきた。

関連リンク:https://gemin1.xyz/20221130-kickoff/

そして今回、『GEMINI』の活動の骨子となるMeetupのシーズン1が開始となった。社会人からクリエイター、学生まで、業種や世代を問わず集まった約30名のプレイヤーたちは、ミラーワールドの過渡期に立ち上がってきた未曾有の価値観の中で、どのようなペインを感じ、それをいかに解決するシステムや文化を創り上げていくのか。このMeetupでは全4回に渡り、各テーマにもとづくインスピレーショントークの聴講と、グループに分かれたワークショップを通じてアイデアを醸成させ、プロトタイプを行っていく。

第1回目となる今回は、「『バーチャル建築の修理』から考える、XR化する都市・空間のデザイン」をテーマに、従来の空間を越境した建築の未来と持続可能性に焦点を当てたクロストークと、参加者一人ひとりの解決したい課題や欲求、実装してみたいサービスのアイデアをアウトプットするワークショップが実施された。

『GEMINI』主催の凸版印刷株式会社・松村三知代氏は、Meetup冒頭の自身の挨拶に添えて「自分の未来は自分の行動で変えていける」と、熱い思いを参加者らに託し、それに応えるかのようにワークショップでは活発な議論が繰り広げられ、初回とは思えないほどの濃密な時間となった。

“なんでもできる”からこそ見つめ直したい、都市・空間の目的と社会

この度インスピレーショントークのゲストとして迎えられたのは、“バーチャル建築家”という異色の肩書きを持ち、「いまないところに空間をうむ」をコンセプトにリアルとバーチャルの境界を横断し、新しい建築の概念を創造するidiomorph主宰、株式会社ambr CXOの番匠カンナ氏。そして、科学技術とその批判的態度にも関心を拡げ、俯瞰的に建築・都市の今後の倫理観や持続性を問い直す、翻訳者・プログラマーの中村健太郎氏。二人はXR化する都市・空間の多様な可能性の中で、“1000年続く”バーチャル建築をどう考えるのか。

まず、番匠氏のプレゼンテーションでは、「Tokyo Game Show VR」など自身の事例を交えながら、作り手ならではの視点でメタバースにおける空間設計のポイントを解説した。今や建築は、音楽がDIYされるように、誰でも楽しみながら自由に手を動かしてカスタマイズできる“空間楽”というフェーズにあるとし、趣味領域にまで溶け出している点が現実空間の建築とは異なると言及した。

2018年ごろにバーチャル空間上でアバター同士の交流が可能なプラットフォーム「VRChat」にはじめて触れたという番匠氏は、物理的制約のないバーチャルな建築表現に衝撃を受け、遊び感覚で“世界”を作り始めたそう。

そして、仮想空間を設計するうちに次第に浮かび上がったというテーマの一つが「公共性」だ。バーチャル建築ならばUnityやBlenderなどの制作ツールや、VRChatやClusterなどの投稿プラットフォームを無料でも使用することができ、誰でも気軽に作り始められる。そのライトさが、複数人でアイデアを出し合って自己表現や趣味のための空間をカスタマイズする現象となり、小規模共同体が育まれていく。

しかし、リアルには多数存在する安全や物理上の制約から解放され、自由な表現が許容されるからこそ、新しい思考プロセスのもとゼロベースで設計する必要がある。番匠氏は、無数の選択肢が提示されるバーチャル建築に重要視されるのは「誰に向けた、何のための空間なのか」というコンセプトだと主張する。目的を明文化し条件を設けることで、多面的かつ楽しみやすいクリエイションが実現可能なのだ。

続く中村氏のプレゼンテーションでは、MIT Media Lab博士課程兼リサーチャーの酒井康史氏とともに翻訳を務めた、アメリカの数学者であるベン・グリーンの著書『スマート・イナフ・シティ:テクノロジーは都市の未来を取り戻すために』(2022、人文書院)が引用され、テクノロジーの普及による行政や社会への影響について取り上げられた。

テクノロジーが内在化した都市設計になってしまうことで、都市の本来の目的や実際にその空間に暮らす人々の存在が切り離されてしまうという問題に警鐘を鳴らすベンの主張を紹介。ベンは、あらゆる社会問題はテクノロジーで劇的に解決可能だとする「解決主義」的態度によるスマートシティを批判し、テクノロジーの「使い方」の検討や、本質的な都市の意義が優先されるべきだとする。中村氏の解説によると、このテクノロジー中心的な固定観念“テック・ゴーグル(テクノロジーの介入を前提として合理化が為されるような視点)”で都市を捉えようとすると、いかなる問題も原因はテクノロジーにあると誤認してしまったり、解決手段として最適だったかもしれないテクノロジー以外の選択肢を排除してしまったりするのだという。都市で生活する人間も、不要なはずの“テック・ゴーグル”をかけていなければ都市の仕組みに適応できないというなんとも非合理的なサイクルが循環してしまうのだ。

現在加速化しつつあるテクノロジーを強く意識した都市・空間だが、そもそも電力などのインフラに頼った都市は果たして残り続けるのだろうか。中村氏は、科学技術と社会を取り巻く問題について人文・社会科学の方法論を用いて領域横断的に研究するSTS(科学技術社会論)の視点から、テクノロジーの使い方や残し方、それに付随する倫理観などを考察し、テクノロジーへのまなざしの修正を試みている。

メタバースがフィジカルにもたらす作用と持続可能性

二名のプレゼンテーションを終え、西村真里子氏(株式会社HEART CATCH)がモデレーターを務めるクロストークに移ると、デジタルがフィジカルへもたらす影響について西村氏が切り込む。

隈研吾建築都市設計事務所在籍中、多くの国内外のプロジェクトに携わってきた番匠氏は、メタバースの得意な部分が整備され普及していけば、リアルな人の行動も変化し、現実空間だからこそ必要とされる部分や強みが浮き彫りになってくるのではないかと相互作用を期待する。

また、中村氏は多摩美術大学情報デザイン学科・久保田晃弘教授による「『ユーザー』は存在しない」という「Make:Japan」への寄稿を例に挙げ、作り手と消費者の境界について問いを投げかけた。番匠氏からも、「UX」に代わる価値観が更新されていないことや、メタバースでの体験を評価する指標が存在しないという現状が指摘された。メタバースにおける言語化しにくい複雑な感覚をどう捉え、批評していくのか。その時・その場所でしか感じ取ることのできない「手触り」を伝える難しさは、フィジカルな現実空間内の体験にも同じことが言えるのかもしれない。

そして話題が持続可能性に移ると、西村氏は、参加者がプロトタイプを行うテーマの一つである「伝統文化」についての印象を二人に聞いた。

番匠氏は「講談師の神田伯山さんの寄席を生で体感したことがあったんですが、全く同じものをメタバースで再現することはできないと思いました。伝統文化をそのまま持ち込むよりは、メタバースのカルチャーと融合した新しい文化が形成されていく方が面白いと思います」と語った。

さらに、テクノロジーならではの制約として、メタバースではプラットフォームへの依存が大きいことも大変興味深いトピックであった。サービスごとにワールドの作り方や編集・保存方法には異なるルールが存在し、対応する言語、機器なども少しずつ異なる。中村氏は「プラットフォームの中にいくつものワールドがあり、さらにそのワールドごとにいくつもの小規模共同体が乱立しているんだと分かりました。そして、人々はそれを受容するだけでなく「作る」という立場で関わっている。その中で、メンテナンス力や、空間への定義付けが持続性の鍵を握るのでしょうね」と新たな気付きを得たようだった。

最後に、西村氏は「作る権利」の民主化の話題から「みんなが世界の作り手になれるということは、誰もが神格化するということなのか?」という問いを参加者にも投げかけた。

「私は建築の担い手が民主化されても、それぞれが担う部分が細分化されていくから、みんなが神の視点になるのかというと、今とあまり変わらないのではないかと思います」と番匠氏。そして中村氏は、「(複数人が作り手にまわるのではなく)ある個人が生みの苦しみや孤独に耐え続けることが持続性に繋がる面も少なからずあると思います」と発言した。

ミラーワールドを生きる現代人が抱くペインと欲求とは?

2023年3月の成果発表に向けたコンセプトアイデアの思索となるワークショップでは、「都市・空間」「人・アバター」そして「伝統文化」の3つのテーマから参加者が事前にグループを選び、クリエイターとして活躍するメンターとともにディスカッションを行った。全4回のMeetupを通して、この3つのグループに分かれて「ミラーワールド時代」にデジタルとフィジカルが融合し相互作用をもたらすサービスのアイデアを醸成し、プロトタイプをアウトプットすることを目指している。

第1回のワークのアウトプットとしては、ミラーワールド時代に抱く課題意識からその状況に置かれている具体的な人々や欠けているプロセスを具体的に把握した上で、ペインや欲求を丁寧に炙り出し、問題提起とコンセプトの言語化を行った。

まず「アバター・人」のチームでは、非言語的コミュニケーションなど、他者との関わり合いや社会・空間などの環境下における個としての自分、という立場から課題が多く挙げられた。普段はなかなか意識が向かなくても、身体から解放されたバーチャル空間の中でならば、その人の根幹にある精神性や感覚が浮き彫りになるのかもしれない。

現実空間における既存の制約に縛られない部分をハックして、独自のコミュニケーションを誘発する「メタバース=限定的ユートピア」という認識もあれば、あくまでもメタバースは現実世界を軸にパラレルに進み、補助的・追随的に働くという観点もあり、ハラスメントなどの課題も含め、鋭い視座でミラーワールドが捉えられていると感じた。

次に「都市・空間」チームでは、冒頭の中村氏のトークからインスピレーションを得て、メンテナンス・リペアの必要性を念頭に置きながら議論が進められた。こちらのグループからは、人の「身体性」が色濃く表出する場として空間があるという観点によるアイデアが多く生まれた。

たとえば、バーチャル空間におけるアクセシビリティの高さを「ケア」に活用したり、その場所に実際に訪れることでしか得られない「手触り」にスコープをあてて、思い出を保管し再生できるハードウェアとして空間を設計したりと、自由な発想がとても新鮮に感じられた。  

そして「伝統文化」のチームにおいては「保存・管理」というキーワードや、メタバースにおいても可変ではない「時間」をどうハックするかという課題は無視できないだろう

さらに、クロストークでも話題にされたように、現実世界の伝統文化をただバーチャル上に最適化なかたちで変換してアーカイブするのではなく、メタバースの文化にも、現実世界の文化にも相互作用をもたらすことが重要なテーマの一つだ。

そして提案されたのは、保存する/されるという関係性を見直した、伝統文化を「演じる」ことによって受け継いでいくというアイデアだ。現実空間ではできなかった動作や技術でも、再現性があるバーチャル空間ならば、伝統文化は観る対象から演じる対象として変容していくかもしれない。

振り返ってみると、3チームそれぞれから浮かび上がったアイデアはリンクしている印象を受けた。大きく分類するならば、①現実世界における社会問題をメタバースの強みを用いて改善する方向性、②発展途上のメタバースに現実世界のそれを踏まえたルールを設けようとするリペア・メンテナンスの方向性、そして③メタバースの特性を活かして前例のない新たな装置を創り上げる方向性、といったところだろうか。

それぞれのプロトタイプの内容だけでなく、3つのフォーカスエリアがどのように関わり合い、ミラーワールドのエコシステムが共創されていくのかといった多面性も、今後のGEMINIの大きな楽しみの一つである。

次回のMeetupは1月25日(水)18:00から行われる。vol.2のトークテーマは『身体が変わるとどうなる? 〜アバターが解き放つ、私らしさ〜』。ゲストには東京大学大学院情報理工学系研究科准教授・鳴海拓志氏とアーティストの花形槙氏を迎え、アバターなど従来の身体からの解放が我々の認知や行動、思考にどのような変容をもたらすかについて、トークを展開する予定だ。こちらは誰でもオンラインで視聴可能で、Peatixで現在も参加を受付中。気になる方はぜひ以下のURLからチケットを申し込んでみてほしい。

関連リンク:https://gemini-lab-meetup02-audience.peatix.com/view 

プロトタイプ参加者らは、現在でもdiscordのGEMINIワークスペースを用いて、日々刺激を受けたトピックやミラーワールドに関連する話題を持ち寄り、ブレインストーミングやディスカッションを繰り広げている最中だ。課題図書を設定していたチームもあり、ミラーワールドを通じてまさに学びの共同体が生まれつつある。このMeetupからどのような未来のサービスの種が芽を出すのか、次回にもご期待いただきたい。

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  • 須藤菜々美

    編集者/ライター

    須藤菜々美

    編集者/ライター

    早稲田大学文化構想学部卒業。株式会社マガジンハウスのweb媒体の運営や、スマートニュース株式会社のBizDevアシスタントを経て、2020年より一般社団法人WholeUniverseのコントリビューターとして『END展』の制作や『boundbaw』への寄稿をはじめ、アートと人々や社会をつなぐ領域横断的な切り口で、編集や執筆などを行う。2023年からはWhatever Co.のProject Managerとしても活動を開始。

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